彼らこそまさに陰の主役

アクションものに限らず、映画やテレビドラマを作るために欠かせない存在なのが「スタント」の人たちです。見るからに危険なアクションはもちろんのこと、ちょっとした運転シーンなどを撮る上でも役者に実際に運転させて万一のことがあっては困るということで、ほとんどの場合は見えないところでスタントが活躍しているそうです。そんな普段日の当たることのない彼らの活躍ぶりを、第一線のスタントマンとして実際に演じてきた筆者が、アクション映画の種明かしという形で綴ったのがこの本です。

空想アクションヒーロー読本
著:高橋 昌志
アスキー (2000/09)
ISBN/ASIN:475613565X

日本のスタントチームといえば真っ先に名前が浮かぶ、というよりも他のスタントチームは聞いたことがないけれども彼らのことだけは知っている、という名実共に日本を代表するスタントチームがタカハシレーシングです。名前からわかる通り、著者の高橋昌志氏はタカハシレーシング代表の髙橋勝大氏を叔父かつ育ての親として持つ、子供の頃から英才教育を受けてきた生粋のスタントマンです。今は映画やテレビのプロデューサーとして活躍されているそうですが、この本にはスタントマンとして活躍されていた当時の実体験も散りばめられており、また様々なアクション映画に対する知識の豊富さも垣間見られます。なお、文体は極めてカジュアルで、軽く読めてしまいます。

アクション映画の名場面もスタントの目から見るといとも簡単なものに見えてきてしまいます。「ダイ・ハード」や「マトリックス」のあのシーンも…と思うとなんだか興醒めにも思えますが、別の視点からも楽しむことができるようになったということかもしれません。初めて観るときは純粋に演出通りに楽しんで、2回目以降はあら探しというのも面白いかもしれません。

また、スタントが活躍するのは映画やテレビだけではありません。自動車教習所や免許の更新時に見せられる講習のビデオでは様々な事故のシーンが映し出されますが、それを演じているのも同じスタントマンなのです。いかにリアルに、しかし安全に事故を再現するかということにかけては彼らの右に出るものはいないわけで当然といえば当然ですが、私もこれまで誰が演じているのかなど考えたこともありませんでした。これまでは醒めた目で観ていた講習ビデオも、今後はちょっと楽しめるようになるかもしれません。

タカハシレーシングという名前から、彼らが自動車スタントをメインに活動していることはわかりますが、実際のスタントの活動は何も自動車に限られているわけではありません。まさに身体一つの海や川への飛び込みスタントや、動物を使ったスタントなどもありますが、結局ちょっとでも危険のあるところは何でも彼らの出番となるわけです。ただそれは俳優自身を気遣ってということではなくて、俳優の仕事にはどうしても代役の利かないところがあるため、作品全体のスケジュールや予算を考えてということであり、極めてドライな判断なのです。

そんなスタントの世界も日米の格差は大きいようで、日本では準備から後片付けまで込みでギリギリのギャラでやらなければならないのに対し、アメリカでは一流のスタントには一発のアクションだけで2桁以上違うギャラが得られたりするということです。需要と供給のバランスもあってこういうことになっているのでしょうから、日本のスタントの待遇が良くなるというのは難しいのかもしれませんが、ドラマ作りに不可欠な存在なのですから、もっと高い地位が与えられてもいいような気はします。