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LINE乗っ取り詐欺未遂

過信は禁物。

いきなりですが、私はLINEが嫌いで自発的にはほとんど使いません。その理由は元ライブドアだった会社が運営しているとか、その親会社が韓国のNAVERだからだとかいうようなことではなく、ある一社のクローズドなネットワークに通信を委ねることに非常に違和感を覚えるためです。それは信用できないというのとはちょっと違って、そもそもオープンなはずのインターネットの中に得体の知れない閉鎖空間を設けることに生理的な不快感があるためで、同じような印象は以前のAOLやMicrosoft Exchangeにもあります。

しかしそうは言っても日本では相当広く普及してしまっています。だからこそますます危険な感じがするのですが、日本で言うところのショートメールサービスであるtext (SMS/MMS)が今でもよく使われていて、誰にでも通じる手段になっているアメリカとは違って、日本の場合は決定的なものがありません。私も相手によってiOSのiMessage、Facebookのメッセージ、LINEを使い分けなければいけない状況になっていますが、その中でも最近一番通じる相手が多くなってきているのがLINEなので、避けては通れない道になってしまっています。

そんな状況で先日帰省した時に、母もとうとうLINEを使い始めようと思っているということなので母のiPhoneにセットアップしてきたのですが、その母から昨日急にLINEの無料通話がかかってきました。今までにない初めてのことなので一体何があったのかと私も焦ってしまい、母もなんだか切羽詰ったような感じで話し始めるので誰かが事故に遭ったとかそういうことなのかと心配してしまいました。

「(私の弟)からLINEでなんとかというカードを3万円分コンビニで買ってきてくれと言われた…」というところで私はピンときたのですが、なかなか要点を言ってくれないので焦れったいというのは仕事柄のせいでしょうか。結局聞いてみるとカードを買ってしまったわけではなくて、あとで弟がLINEを乗っ取られていたことがわかったのだけど、途中で返事が返ってこなくなったので心配になってLINEの無料通話を掛けてしまったのだけどそのせいで母も乗っ取られてしまわないだろうかと不安になったとのことでした。

とりあえずその心配はないだろうし、現に今使えているのだから大丈夫ではないかと答えたのですが、まったく困った輩がいるものです。3万円という小口にしておくことで仮に被害にあっても泣き寝入りとなるだけにして、本格的に捜査されるのを回避しようとしているのでしょうか。きっと暴力団などの資金源になっているのでしょうから、きっちりと取り締まってもらいたいものですが、銀行から足がつきそうな振り込め詐欺などと比べてリスクが低そうなところも癪に障ります。

ともあれ、まずは乗っ取られないことです。弟からは何も聞いていないので詳しいことはわかりませんが、おそらくメールか何かでパスワードの確認かプレゼントに当選したかと騙されてLINEのログイン画面を装ったウェブページにパスワードを入力してしまったのでしょう。PCであればまずはしっかりURLを確認することで被害は防ぐことができますが、スマートフォンではついうっかりということもありそうです。

私も先日Microsoftアカウントチームというところから「セキュリティの警告」として「お使いのMicrosoftアカウント xxxx@hotmail.com に他のユーザーがアクセスした可能性があります。」といういかにも怪しげなメールが来たのでまずは疑い、メールにあるリンクではなく直接Microsoftアカウントにアクセスしてみたところ、たしかにパスワードの再設定を促されたのでどうやら本物だった、ということがありました。しかし、同じようにMicrosoftを騙って「セキュリティ警告!! お使いになっているオフィスソフトの授権が終了されてしまう可能性があります!!」というメールも送りつけられてきていて、本物と同じように「今すぐ認証」というリンクもあるのですが、これは microsoft-securityprotection-support.com というニセのドメインなので絶対にクリックしてはいけません。whois で見るとロシアのネームサーバーに登録された中国のドメインのようです。

ということでネタにさせてもらいましたが、こういうことが身内にも起こってしまうようになるとは私もますます油断できません。

プレミアムフライデー

ロゴは「自由に使える」と言いながら申請して承認されないと使えないので自粛します。

昨年は某社で新人社員が長時間労働の挙句自殺したというのが大きな話題になりましたが、首相官邸が「働き方改革」なるものを掲げるのはその影響でしょうか。私の勤務先でも社長がいち早く取り組むことを公表し、いろいろなところにその影響が現れてきています。最たるものは水曜日と金曜日は残業禁止、その他の平日は夜10時以降の勤務を禁止する、というものです。一応事前に申請すれば許可されるので、やむを得ない場合には認められますし、それが常態化してしまっている人もいるのではないかと思われますが、社長命令ということで結構厳しく管理されているので水金はみな早く帰るようになったのではないかと思います。なお私はめったに10時まで残っていないので、そちらがどうなっているのかはよく知りません。

そしてまた官邸が新たに言い出したのが「プレミアムフライデー」なるものですね。毎月最後の金曜日は仕事を早く切り上げて充実した週末を過ごそう、というようなものです。さすがにこれは難しいだろうなあと思っていたのですが、先日とうとう人事部門からメールで通達がやって来て、半日休暇などを利用して早く帰宅することを「推奨する」とのことです。しかし「これはあくまで『推奨』であって強制ではない」などとわざわざ言うあたりがなんともアレですが、きっとあちこちから問い合わせがあったのでしょう。

しかしこのような政策や会社の施策も絵に描いた餅、絵空事ではないかと思えてなりません。もともと私の勤務先にはフレックスタイム制度がありますし、裁量労働制も導入されているのでそもそも業務負荷に応じてある程度勤務時間は自由に設定できるはずです。なかなかそれができないのでこうした呼びかけが行われるということなのでしょうが、実際にはあまり自由にされると会議ができないとか、工場もあるので勤務時間が自由でない現場勤務の人たちが不満を感じるだとか、おかしな理由でフレックスタイムも自由に使えない状況なのです。前者は会議があるなら業務なのだからそれを優先すれば済むことですし、後者はそうした勤務形態を選択したのは現場の人自身なのだから言わせておけばいいことではないでしょうか。

…勢いでちょっと言い過ぎたかもしれませんが、本当は日本の企業文化に問題があるのだと思っています。アメリカでの数年の勤務で実感したことですが、日本の企業(と一般化してよいのかわかりませんが、少なくとも私の勤務先)では負荷100%を前提に人員配置が行われていて、少しでも余裕のある人がいるとサボっているとみなされたり、暇だと思われて新しい仕事を押し付けられたりしてしまいます。そんな状況では少しでも予定外のことが起これば残業して対応せざるを得ませんし、もっと突発的なことがあれば深夜までということになってしまいます。それが常態化していて、結局毎日遅くまで残業ということになっているのではないでしょうか。

一方でアメリカ企業の場合は平常時は皆のんびりと仕事をしていて、何もなければ3時頃になると少しずつ人が帰り始めますので、道路の帰宅ラッシュは4時から5時の間がピークです。しかし、もちろん何か問題が起こればしっかり残業する人はしますし、それはその人の評価につながることになるのでできる人は真剣です。ただし、アメリカでも毎日深夜まで働いている人も少なからずいますが、そういう人たちは普通のサラリーマンではなくエリートで、それなりの高給取りではないかと思います。要するに、成果に応じた評価と報酬がきっちり得られるのがアメリカのシステムです。

両者を比較してみると、日本の企業文化やシステムはまだまだ未成熟だというのが私の感じていることです。とっかかりとしてプレミアムフライデーを掲げるのもいいですが、みんなダラダラ働いているわけではないのですから人を増やさなければどうにもならないのではないでしょうか。そもそもできないことまで頑張ってなんとかしようと思うことが間違っているのではないかと思うのですが、そういう自分もなんだかんだ言って日本人なので割り切れないのですよね…

ほぼほぼ

帰国して一番驚いたこと。

ちょっと前にテレビでも取り上げられているのを見ましたが、最近「ほぼほぼ」という言葉よよく耳にするようになりました。最初は誰かタレントが使っていた言葉を真似て比較的若い人たちが仲間内の会話で使っているものなのかと思っていたのですが、実際には私よりもちょっと年上の人からも、仕事の会話どころか説明に来られた取引先の人の口からも聞くようになってとても驚いています。しかし、50代以上の人からは聞いたことがないような気がします。

私がアメリカに行く前には聞いたことがなかったので、ここ4、5年の間に急速に広まったと言えそうですが、あまりに広く普及していて「この人まで使うのか」と思ってしまうほどなので、まるでここではもともと使われていた言葉のようにしか思えず、浦島太郎なのかパラレルワールドなのかというほど、まだ現実とは思えないというのは誇張ではありません。光速に近い速度で移動すると時間の進みが遅くなるので、亜光速宇宙旅行をして帰ってきたら地球は自分たちよりはるか未来になっていたというような、もちろんこれは誇張ですがそんな感じです。

とはいえ、「ほぼほぼ」で検索してみるといつから使われるようになったのかと気になっている人は少なくないようなので、最近使われ始めた言葉であるということは間違いないようです。Googleの検索結果で最初に出てきたwith newsの「『ほぼほぼ』の進捗率は何%? いつから出現? 専門家に聞いてみた」という記事によれば、国語辞典編集者の飯間浩明氏は2013年7月ごろから耳にするようになったとのことで、これは私の渡米後です。その後2,3年で、流行語としてではなく通常に使われる言葉としてここまで広まったというのは驚異的ではないでしょうか。

同じ記事で飯間氏が言われている通り、同じ言葉を繰り返すことで物事を強調するというのは珍しくないことで、「ほぼ」を強調して使われたというのが始まりだったのかもしれません。しかし実際どうかはわかりませんが、今「ほぼほぼ」と言っている人が、「ほぼ」と使い分けているようには思えず、すでにその人たちには「ほぼ」を置き換える形で定着してしまっているのではないでしょうか。真面目な場面では「ほぼ」といい、日常会話では「ほぼほぼ」を使うのかと思っていましたが、そうではないようです。

言葉というものは時代とともに変化するもので、過去に間違っていると言われていた新しい言葉も定着して正しい日本語になっているのだから何が正しいというものではない、というのは理解できます。しかし、ここ数年の間にここまで急速に広まってしまったので、その間日本を離れていた私には一瞬で変化してしまったように見えて、まだついて行けないというのが実情です。私自身は流行に流されるのが嫌いなのでまだ当面は使わないだろうと思いますが、今時「そも」なんて書き言葉でも使わないように、「ほぼ」というのも古臭いものになってしまうのも時間の問題かもしれません。先のwith newsの記事では「10年後には一般語に?」と言っていますが、もうすでにかなり一般的になってしまっているのではないでしょうか。しかしまだ一定の割合で不快に感じている人はいるようなので、お気をつけください。