中田英寿(背番号7)ユース時代から非凡なる才能と人並外れた練習量によりサッカー日本代表の、日本のサッカー界の牽引役の一人として活躍してきた中田英寿選手が現役引退を発表しました。今回のワールドカップ、日本代表最後の試合となるブラジル戦に敗れた後、ユニフォームを被って一人ピッチに横たわり涙するヒデの姿は新聞などでも大きく取り上げられ印象的なシーンとなっていましたが、これも既に半年前から引退を決意していたという彼がこのワールドカップにどれだけの力を注いでいたかということの現れだったのでしょう。

サッカーに対する強烈な信念と愛情を持っていたからこそ真剣に取り組む彼は強く主張することもあったため、日本人が大切にするという「和」の意味を取り違えてなあなあでやってきた人達には彼の考えを理解することができず妬みや反感を招くことも多々あったようですが、彼に共感する人もまたいたのも事実でしょう。自分が子供の頃サッカーを齧っていたこともあって野球よりはサッカーではあるものの、さほど熱意を持って日本代表を応援していたわけでもない私が中田に注目していたのは単に「顔が似ている」と言われていたからだけではなく、私も彼の持つ独特のセンスに共感を覚え、こういう日本人の世界での活躍を願っていたからです。

サッカー以外の分野でもこれまでのスポーツ選手にはなかったような活躍ぶりを見せるのも彼の特徴です。マスコミとの軋轢をきっかけに自身のコメントを自分のウェブサイトから直接発信したり、渡欧前のベルマーレ平塚在籍時代には選手でありながら自分の在籍するチームのスポンサーになり、また東ハトの非常勤役員として製品企画などに関わるなど様々なことを手掛ける新しい視点を持っている人物です。

もちろんサッカーでは1998年のフランスワールドカップをきっかけにイタリアのセリエAへの進出を果たして活躍し、世界の一線級のプレイヤーであることを証明してみせました。また、FW偏重だった一般の日本人の目をMFなどにも向けたのも彼の功績の一つではないでしょうか。サッカーの技術的なことについて私がコメントすることはできませんが、それまでの日本人プレイヤーが持っていなかった技術とセンス、そして戦術的思考能力を備えていたであろうことは疑う余地がありません。

目立つ存在であったからこそ国内には敵も多かったのではないかと思いますが、出る杭は打たれ、井の中の蛙の多い日本を離れて活躍の場を海外に求めたのは正解でしょう。イタリアやイギリスでは現地記者らからのインタビューにイタリア語、英語で応対するなど堪能な語学力も努力あればこそのことでしょうが、これらを完璧にこなしてしまうところは凄いというほかありません。

そんな彼がまだ29歳という若さで潔く現役を退こうという決断を下したのも、彼らしく考えた上でのことでしょうから他の誰にも止めることはできないのでしょう。マスコミが伝える各界のコメントも「残念ではあるけれども彼の決断を尊重したい」というような内容のものばかりで、とても30歳手前の若者に対するものとは思えません。私もピッチを縦横無尽に駆け回る彼の姿をもう見ることができないのかと思うと残念ではありますが、間違いなく別の世界で活躍する姿を見せてくれるものと信じて見送りたいと思います。