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Hewlett Packard EnterpriseがCrayを買収

大きくなったり小さくなったり。

スーパーコンピューターといえば、悪夢の民主党政権で行われた「事業仕分け」という茶番の中で「仕分け人」であった蓮舫議員が発した
「2位じゃダメなんでしょうか?」という発言が未だに記憶に残る京が思い浮かびますが、この京も今年8月に計算資源の共用終了予定となっており、2021年頃にはポスト京が動き始めるようです。

この京は2017年まで6期連続でGraph500の1位、3期連続でHPCGの1位を獲得したとのことで、それだけ順位を維持したということ自体も凄いことですが、この分野の競争も非常に激しいものなので今はどうなっているのかと見てみると、Graph500の方では2018年11月のランキングでも未だに1位を維持しているようです。HPCGの方では2018年11月現在で3位となっていて、上位2機はアメリカのもので性能に大きく差をつけられているものの、それらはコア数も京の倍以上となっており、技術の向上だけでなく規模の拡大も必要ということで、資金力が大きく物を言うものであることが明らかです。

しかしもちろん、スーパーコンピューターの開発というのは記録を出すためにやっているわけではなく、様々な分野において技術革新のためにそれだけの計算量が必要とされていて、それに応えるべく開発にしのぎが削られているわけです。2位でいいなんて言っていたらそもそも2位についたとしても一瞬で、あっという間に他国に置いていかれてしまいます。

それはさておき、2015年に分社されたHewlett Packardの企業向け部門であるHewlett Packard Enterpriseが、スーパーコンピューター業界の名門Crayを13億USドルで買収するということが”HPE to accquire supercomputing leader Cray“というプレスリリースで発表されました。Crayといえば「スーパーコンピューターの父」とされるSeymour Crayが創立した、スーパーコンピューターメーカーの代表企業です。上述のGraph500やHPCG、そして計算速度ランキングであるTOP500でも常連と言っていいでしょう。

私が「スーパーコンピューター」と聞いてまず思い浮かべるのが子供の頃に写真で見たCray-1やCray-2の独特な形状です。まるで座ってくれと言っているようなベンチのような形をしていますが、当然それは座るためのものではありません。配線をできるだけ短くするために円筒状になった本体に、フロン冷却システムが組み合わされた結果、このような形になったわけです。しかし、そのような必然性の結果、このような美しい姿になるというのは不思議なものです。このCray-1の姿はカリフォルニア州マウンテンビューにあるコンピュータ歴史博物館で見ることができ、大変感激しました。

この1975年に発表されたCray-1はクロック周波数80MHzで160MFLOPSという性能でした。現在のメインストリームクラスのデスクトップPCで使われているCore i5でも最新の9600Kではベース周波数3.7GHz、445GFLOPSだそうですから、すでに単位がメガからギガに変わってしまっており、40年余りの間の技術革新には驚くばかりです。ちなみに、京の性能は2GHz8コアCPUの88128個で構成されて10PFLOPSとのことで、もう声も出ません。しかし、その礎を作ったのは他ならぬCrayだったわけです。

そのCrayがHPEに吸収されて、今後どのような発展が見られるでしょうか。といっても、Crayもずっと独立企業であったわけではなく、Silicon Graphicsが取得されたり、Tera Computerと合併したりとしてきたわけですが、Silicon Graphicsも2016年にHPEに吸収されているため、結局関係者が一つに戻っただけのことなのかもしれません。となると、わざわざ記事にするまでもなかったような気がしてしまいますが、調べてわかったこともあるので良しとしましょう。

台風12号「ジョンダリ」

嫌がらせのようにしか思えません。

私はこの週末予定があって、金曜日に休暇を取って木曜の夜から夜行バスで東京へ行っていました。その予定は金曜日の午後だったので、午前中に一回実家へ顔を出し、予定が済んだあとにこの春から東京で暮らし始めた長男と久しぶりに会って夕食を摂ったりしていました。その後土曜日いっぱいは一人でブラブラとして、日曜の昼間のバスで帰宅するという計画だったのですが、これをすっかり狂わせてくれたのが台風12号「ジョンダリ」というものです。

まあ土曜日の日中は人に会っていたのですが、夕方になるまでは雨も降ったり止んだりで東京では台風の影響もそれほどではないような感じでした。しかし、5時近くになってバスを予約していた楽天トラベルからメールが入り、曰く「悪天候の為、 バス会社判断にて運行中止となりました。」とのことです。一方的にキャンセルされてしまったわけですが、まあ天候のためと言われれば文句を言っても仕方がないので、さあどうしようかということになります。

とりあえずホテルへ戻って他の方法を探そうということにしたのですが、バスが動かないとなると新幹線や飛行機も大丈夫という保証はありません。そこで妻からメッセージが入って言われたのが「今からでは帰れないのか」ということです。私はその晩のホテルも取っていたのでそういう考えはすっかり浮かばなかったのですが、言われてみれば一番確実なのは新幹線の動いているうちに飛び乗ってしまうことです。途中で足止めを食らう可能性もないわけではありませんが、さすがに日曜日のうちには帰宅することができるでしょう。

ということで急いで東京駅へ向かい、新幹線に飛び乗って帰ってきたというわけですが、途中静岡県内で何度か停車し、徐行運転の区間もありましたが、台風を追い越してしまえばあとはなんの問題もないので、最終的には20分遅れで到着ということになりました。しかし、途中の名古屋でも私が降りた姫路でも乗っていた新幹線が到着した時点で在来線は運行を切り上げてしまっていて、乗り換えの必要な人はタクシーなどに乗るしかなかったようです。私は幸いにも最寄り駅が姫路駅なので最悪でも歩いて帰れますし、今回は妻に迎えに来てもらったので特に問題ありませんでしたが、そういうわけにいかない人は大変ですね。その時点では雨もほとんど降っていなかったので、なかなか納得もいかないかもしれません。

しかし、普通日本の天気は西から東へと変化するもので、台風も通常は西から東へと進むものなので、今回の台風は動きが読めず、私も惑わされました。結果的には日曜日の朝の時点ですでに兵庫県は通過していたのでバスも問題なかったでしょうし、新幹線などにも特に影響はなかったようですが、どの程度のスピードで移動することになるのか、あるいは途中で東に戻ったりというようなこともないとは言えず、そんな不確定要素の中では最善の選択だったのだろうと思っています。当然バスの代金は返金されますが、泊まらなかったホテルや予定外の新幹線で計画外の出費となってしまいましたが、バタバタしたものの何事もなく帰宅できたので良しとしましょう。

ちなみに「ジョンダリ」は未だに九州にいますが、このあと大陸方面へ抜けていくことになるのでしょうか。グルっと回って本州再上陸などということは避けてもらいたいものですが…

「マナー」

本来は各個人が判断すべきことではないでしょうか。

以前から日本で「マナー」というものが履き違えられているような風潮が私は非常に気に入りませんでした。電車の中で携帯電話で話をしてはいけない、エスカレーターで歩かない人は地方によって右側か左側かに寄る、「飛行機の短い昼間のフライトではリクライニングシートを倒してはいけない」なんていうものもあるそうです。これらはどれも最近生まれたものであることは間違いありませんが、一体いつ誰が決めたのでしょうか。

もともと「マナー」という言葉は「行儀・作法」を指す言葉で、テーブルマナーや各種のしきたりのようなものを表していたのではないでしょうか。しかし、上で例に上げたものはどれも意味合いが異なるように思います。電車内での携帯電話については、本当は乗客同士が直接喋るよりうるさいということはないはずなのに、傍で聞いていると話の内容がわからないためにイライラする、というのが問題のはずで、要するに立ち聞きしなければ迷惑でもなんでもないはずなのです。また、エスカレーターについては、メーカーがやめてくれと言っているにも関わらず片側しか使わないことで、無駄に行列が伸びているのが本当にバカバカしいと思います。リクライニングの件は「短い」の判断基準が不明なのと、昼間でも疲れて眠いということはあるはずで、そもそも飛行機の背もたれなんてほんのわずかしか傾かないはずなのでくだらないことに思えてしまいます。

だいたいマナーというのは相手を気遣って自然に振る舞えることであるはずで、それをルールやマニュアルにしてしまい、誰かが決めた「マナー」に従うことが正しくて従わない人は悪い、と決めつけてしまうようなものは本来のマナーとは違うでしょう。電車の中では迷惑にならないように小声で通話すれば良いでしょうし、エスカレーターは立ち止まって乗るものなので混んでいる時に急ぐなら階段を駆け上がるべき、リクライニングシートは後ろに座っている人に迷惑になりそうなら一声かける、というように互いに気遣えば良いことです。

なぜ突然こんな話をするのかといえば、エキレビに「『了解/承知』どっちが正しいとか愚問だからもうやめませんか」という記事が掲載されているのを目にしたためです。私もちょっと前に「『了解』を目上の人に使うのは失礼」ということを聞いて気にしてはいたのですが、これが真っ赤なウソ、デマであったというのです。経緯については「『了解しました』より『承知しました』が適切とされる理由と、その普及過程について」という2016年の別のブログ記事で詳しく述べられているのですが、メール作法などの本を書いているライターの神垣あゆみという人が「『了解しました』よりも『承知しました』の方が『感じが良い』から」という個人的な感情に基づく、とんでもない勝手な理由で自身の著書でマナーとして紹介したというのです。

これは本当にひどいことではないでしょうか。本来失礼でもなんでもなく、受け取った人もこの「マナー」を知らなければなんの違和感も持たなかったはずなのに、これのせいで不愉快に感じてしまうということもあるでしょう。またこの間違った「マナー」について「この差って何ですか?」というテレビ番組で紹介したそうで、その理由について次のように説明しています。

「了=終わらせる」、「解=理解するとなり」、「了解しました」には話を理解して終わらせるという意味がある。終わらせる権限があるのは「目上の人」だから、「了解しました」は「目上の人」が「目下の人」に使う言葉。「承」は、「承る=聞くの謙譲語」で、自分を下げる言葉であるため、「目下の人」が「目上の人」に使うのが正しい。

こんなひどい話があるでしょうか。エキレビにも書かれているとおりですが、ある漢字に複数の意味があることは小学校で教わることですし、日本語の熟語というのはそれぞれの漢字に分解するだけで説明できるような単純なものではありません。「了」という字が終了の了だからといって「終わらせる」だなんて、子供でもしないようななんと子供っぽい理屈でしょうか。

エキレビでは他にも問題点が述べられていますが、そのどれもがまったくもっともな話で、私は完全に同意します。マナーというのは人に押し付けるものではありませんし、それに縛られて窮屈な思いをすべきものでもないでしょう。