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Pokémon: Detective Pikachu

思っていた以上にポケモン。

今でも町を歩いているとスマートフォンを片手に何人もの人が立ち止まっていることがありますが、そこには「ポケモンGo」のポケモンジムがあって、強いポケモンのレイドバトルに参加しているということが多いようです。そうした人たちの多くは中高年の方のようですが、時間があって健康のために歩くことをいとわないような人にジャストフィットしているようです。

しかし、もともとポケットモンスターが始まったのは1996年のゲームボーイ版のゲーム「ポケットモンスター 赤・緑」からですので、今「ポケモンGo」に熱心な人々はもともとあまりポケモンには関心がなかったのではないでしょうか。しかし、「ポケモンGo」は特にポケモンに関する知識がなくてもそれほど支障なくゲームを進めることができますし、遊んでいるうちに自然と覚えてくるので問題はないのでしょう。

ポケモン自体はもちろん日本発祥のものですが、その人気は世界中に広がっており、このたびハリウッドのスタジオにより実写版の映画「名探偵ピカチュウ」が公開されました。私も当初は特に関心がなかったのですが、予告を見ていると案外子供向けというわけでもないのではないかという気になり、妻に「そんなのまで観るの?」と言われながらも観に行ってきました。私が観たのは夜9時過ぎに上映開始のレイトショーの字幕版でしたが、ゴールデンウィーク中ということもあり多くのシートが埋まっていました。なお、アホらしいことに兵庫県では青少年愛護条例 (PDF) により、たとえ保護者同伴であっても「23時以降に18歳未満の者を外出させないようにしなければならない」と定められているため、レイトショーは18歳以上でないと観ることができず、観客はすべて大人でした。保護者が一緒ならそれは家庭の問題だろうと思うのですけどね。

それはともかく映画について、違和感なくポケモンを実写化するというのは難しいだろうと思うものですが、ゲームやアニメに出てくるそのままのポケモンが画面に登場しているにもかかわらず、不思議とそれなりに画面に馴染んでいたように思います。もちろん非現実的なものですし、マンガっぽいキャラクターなので違和感がないわけではありませんが、実際にそこにポケモンがいるようには見えました。そもそも人間以外の動物はすべてポケモン、というその設定自体に無理があるというか、地球ではないどこかの星の話と思うほかありません。

思っていた以上に沢山のポケモンが登場するということもあり、予想以上に子供向けな感じだったのですが、先日公開された「シャザム」なども吹替版しか上映しないような劇場なのですから、字幕版やレイトショーがあるということは劇場としては大人が観ることも想定しているはずです。しかしそれはどの要素からそう判断したのか、結局よく分かりませんでした。もともと私がこの映画に興味を持ったのは、予告の中で主人公の名探偵ピカチュウがRyan Reynoldsの声で毒っぽく喋っていたからなのですが、すべてのポケモンが特定のパートナーとは会話ができるという設定なのかと思ったらそうではなかった、というのがちょっと意外だったというか、残念なところでした。

Bumblebee

ターゲットは幅広く。

Michael Bay監督によってトランスフォーマーの世界が実写映画化されて、その変形シーンのかっこよさに私もしびれてしまったのは2007年、かれこれ12年も前のことです。当時最新のCG技術を駆使してリアルな姿のトランスフォーマーたちが沢山のパーツを複雑に動かしながら変形する映像は本当に驚異的なものでした。しかし人間の慣れというのは恐ろしいもので、後続のシリーズ作ではもっとリアルで複雑な動きを見せているにもかかわらず、それが当たり前のようにしか感じられないのだから作る側は本当に大変です。まあ、いかに自然に見せるかというのも腕の見せ所ということはあると思いますが、張り合いがないのはかわいそうです。

さて、そのトランスフォーマーシリーズのスピンオフ作であり前日譚でもある「バンブルビー」が先日公開され、なかなか高い評価を得ているようだったので私も期待してみてきましたが、これはたしかになかなかの作品だったと思います。本作はトランスフォーマーのオートボットたちが地球にやってくる前、サイバトロン星でディセプティコンと激しい戦いを繰り広げているところから始まり、先遣隊としてバンブルビーが単身地球に降り立って物語が進展します。この話の中で、どうして彼らが地球に来ることになったのか、バンブルビーが声を失ったのはなぜか、バンブルビーの名前の由来、などが明らかになります。サイバトロン星でも地球の乗り物の姿をしているのは謎ですが、それは映像作品としての都合上仕方がないでしょう。

バンブルビーが地球に到着したのは1987年、場所はカリフォルニアということになっており、80年代のサンフランシスコなどの風景が描かれています。そして、BGMなどには80年代の音楽が多用されており、またしてもおっさんホイホイの様相を呈しています。サントラにもThe Smiths、Howard Jones、Bon Jovi、Duran Duran、a-ha、などなど往年の人気グループが目白押しといった状態です。つい先日の「キャプテン・マーベル」も音楽で楽しませてくれましたが、今度はさらに8年さかのぼり、まさに私が学生時代に聞いていた曲ばかりでとても懐かしくなりました。当時の私は本作の主人公Charlieとちょうど同じくらいの年齢だったので、そう思うと親近感が湧いてしまったりもしましたが、それは錯覚ですね。

そのCharlieを演じているのはHailee Steinfeldですが、80年代という舞台に合わせたファッションになっているので落ち着いた感じで、とても可愛らしいです。Haileeの実年齢は22歳なので役柄よりちょっと上になりますが、それほど違和感はないのではないでしょうか。なお、歌手としても活躍している彼女なので本作の主題曲も歌っていますが、映画の雰囲気にはちょっと…

Captain Marvel

最初はなんて名前かと思いましたが。

Marvel Comicsの多くの作品の原作を手がけ、現在の映画界におけるMarvelの存在感の最大の功労者であるStan Leeが亡くなったのは昨年11月のことです。彼は目立ちたがり屋だったそうで、多くの映画にカメオ出演していますが、地下鉄の乗客として出演した「キャプテン・マーベル」がその最後の作品となりました。日本では今週末公開となったこの作品を私も早速観てきましたが、冒頭のMarvelロゴがStanの生前の出演シーンで構成する特別版になっているなど、本作は彼に捧げるものとされています。

原作コミックとも設定が異なっているようなのですが、主人公Captain MarvelことVersの生い立ちというか、成り立ちは予想とは異なっていました。予告で描かれている範囲で言えば、ハラという星に住む、高度に発達した科学技術を持つクリー人の特殊部隊Star Forceの隊員であるVersは記憶を失っていて、いつも不思議な夢を見る、という妙に人間臭いキャラクターです。このVersがどうして地球に来ることになるのかがわからなかったのですが、作品を観てその謎が解けました。

Versを演じるBrie Larsonは戦士らしい演技を見せるために役作りとして9ヶ月にも及ぶトレーニングで筋肉を付け撮影に臨んだそうです。その甲斐あって作中ではキレのあるアクションを見せていますが、昨今はスタントダブルとデジタル技術で済ませてしまう場合が多い中、こうして本物にこだわる姿勢は非常に好感が持てるものです。

本作の舞台は1995年となっているため、BGMには90年代の音楽がたくさん使われていたり、Versが地球に来るときに落ちるのがかつて全米に存在したビデオレンタルチェーンBlockbusterだったり、Versが地球で着ているのが当時流行ったNine Inch NailsのロゴのTシャツだったりと小ネタが散りばめられていて、往年を知る私には楽しいところでした。しかし、ミシガンに住んでいる時に近所にあったBlockbusterはすでに潰れたあとの空き家でしたし、私の子どもたちには何とも感じられないのでしょう。

本作には後にS.H.I.E.L.D.の長官となるNick Furyやその右腕Phil Coulsonがその若かりし頃の姿を見せており、これはSamuel L. JacksonとClark Greggが演じたものをデジタル処理によって若返らせたものだということですが、全く違和感はなく若々しさの感じられるものになっています。また、Furyがなぜ左目を失うことになったのかも本作を見ればわかりますが、それはコメントを避けておきます。

ということで、原作を読んでCaptain Marvelを知っていたという人はよほどのマニアでしょうから私が何か言うまでもないと思いますが、そうでないライトなアベンジャーズファンの人は次回作「エンドゲーム」に登場するCaptain Marvelを知っておくためにも観ておくべきでしょう。Google画像検索で見るとむっつりした表情の写真ばかりでどうなのかと思ってしまいましたが、本編では魅力的な笑顔も見ることができます。本作もできれば予備知識は持たないほうが楽しめるでしょう。