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君の膵臓をたべたい (小説と実写映画)

どちらが良いでしょうか。

先日読んだ「世界の中心で、愛をさけぶ」のレビューの中に、「キミスイが第二のセカチューと形容されがちだがキミスイの方がピュアな恋愛(青春)を描いており個人的には好きだった。」というものがあってちょっと気になっていたのですが、「君の膵臓をたべたい」を読んでみることにしました。この作品は最近実写映画やアニメ映画にもなっていて私も知っていたのですが、例によって天の邪鬼な私は流行りものを避けてしまっていたのでした。

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病に冒され死に瀕する人気者の女子クラスメイトと平凡な主人公の男子高校生という設定はセカチューと共通するものですが、その雰囲気は大きく異なります。セカチューの方は重苦しい雰囲気が常に漂っていましたが、本作では膵臓の病気で余命一年という桜良(さくら)が明るく振る舞っているだけでなく、主人公の春樹が淡々と接しているためか、それが良いかどうかは別として、少なくとも桜が元気なうちは悲壮感は感じられません。

この作品は文章としては春樹の一人称で語られているのですが、相手に呼びかけられるときは名前ではなく、「【秘密を知ってるクラスメイト】くん」であるとか「【地味なクラスメイト】くん」、「【仲良し】くん」というような表記になっています。最初はこれをどう捉えたら良いのか分かりませんでしたが、そのようなニュアンスを込めて名前で呼びかけているということなのだろうと解釈することにしました。

果たしてセカチューより良かったかというと、私自身の好みとしてはセカチューに軍配が上がります。時代設定が私の青春時代に近かったということもありますが、本作はやはりちょっと軽いというか、より若者向けのように感じました。とはいえ、悪くはなかったのでせっかくAmazon Prime Videoで無料で観られるようになっていたので、実写映画の方も観てみました。

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この作品はかなり原作に忠実に映画化されているように感じましたが、原作には登場しない大人になった主人公の思い出として描かれるというのもセカチューと共通です。その大人になった春樹を演じているのは小栗旬なのですが、地味な春樹を素朴な感じで演じていてとても好ましかったです。また、桜良役は浜辺美波ですが、彼女も東宝シンデレラオーディション出身というのはセカチューの長澤まさみとの共通点ですね。なお、私は原作で特徴的な表記になっていた春樹の呼び方が映画でどうなっているのかにも興味がありましたが、これは普通に「君」でした。さすがにどうしようもないですね。

ところで、実はWikipediaのページはネタバレになっていて、核心であるべきことがズバリ書かれてしまっています。私は原作を読み進めている途中でうっかりこれを見てしまってかなりがっかりしたので、皆さんには気をつけていただきたいと思います。Amazonのレビューでも書いてしまっている人がいますが、そこがこの作品の一番のポイントであるのに、それを安易にばらしてしまうというのはどうなのでしょう。本来、レビューというのは購入を迷っているような人が参考にするためのものではないのでしょうか。私も今後は本を読み終わるまで、映画は観終わるまでWikipediaは見ないようにします。

人魚の眠る家 (小説)

自分の身に起こることは想像もしたくありませんが。

元エンジニアということで理系的に筋の通った所があるような気がして東野圭吾氏の作品が好きなのですが、最近「マスカレード・ホテル」を読んで以来、その続編に続いて久しぶりにいろいろ続けて読んでいます。もっぱら図書館の書架にあるものを適当に選んでいるのですが、今回借りてみたのは「人魚の眠る家」という作品です。なお、この作品は昨年暮れに映画化されていたようですが、邦画にも感心を持つようになったのがつい最近のことなので気づいていませんでした。

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プールでの不幸な事故で、朝まで元気に笑っていた我が子が次に会ったときには見た目は変わりないのに自発呼吸のできない脳死状態、というのは子を持つ親としては他人事のように思えず、職場で昼休みに読みながら目頭を熱くしてしまいました。そのような状況で、まだ心臓の動いている子供に対して脳死判定、すなわち死亡宣告を行い、臓器提供に踏み切ることができるのか、私にも全く自信がありません。

本書はそれをテーマにして、周囲の人々との関わりによって変わっていく両親の考え方などを描いた小説です。つまり、東野圭吾による推理小説ではない作品なのです。これまでは東野圭吾といえば推理小説だと思っていたので、本作を読みながらも途中まではこの状況でさらにどんな事件が起こるのだろうと考えてしまいましたが、犯罪のようなものは一切起こりません。

ただ、夢のようなテクノロジーがいくつか登場してそれが鍵になっているですが、それはやはり今のところ夢でしかないでしょう。そんな事ができたら良いと思っている闘病中の方も多いでしょうから、それが実現したら素晴らしいことですが、その場合には新しい問題も生まれるかもしれないということになるのでしょうか。人それぞれ皆良かれと思ってやっていることが、他の人から見ると疑問に感じられるというのはよくあることで、そういうこともこの作品で改めて考えさせられることでした。

世界の中心で、愛をさけぶ (小説)

映画とはまた違う良さがあると思います。

いいおじさんが青春純愛小説なんて、という声もあるとは思いますが、先日観た映画「世界の中心で、愛をさけぶ」の余韻を失わないうちに、図書館で原作の小説「世界の中心で、愛をさけぶ」を借りてきて読んでみました。実際に私が読んだのはハードカバーの単行本ですが、206ページしかないのでかなりあっさりと読むことができます。

世界の中心で、愛をさけぶ 小学館文庫

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原作とされる本作を読んでみると、主人公朔太郎の高校生時代に恋人の亜紀が白血病に侵されて亡くなる、という大筋の展開は本作から変わらずに映画化されていたのですが、それ以外の部分についてはかなり大掛かりに変更が加えられ、よりドラマティックになって感動的な物語になっていたということが分かりました。最も大きな違いは、映画では重要な役割を果たしていたカセットテープが原作には登場すらしないことでしょう。その他、写真館の重じいではなく朔太郎の祖父だったり、オーストラリアには亜紀の両親と亡くなった直後に行っていたり、と細かいところまでかなりの相違がありました。

となると、映画を思い出しながら間違い探しというか、原作のこれは映画の何に相当するのだろうかというようなことを考えながら読むことになってしまい、感動の物語に没入することができなかったような気がします。最近頓に涙腺が緩んできた私も、本作では目頭が熱くなるようなことがありませんでした。とは言っても、短いながらもいろいろ考えるところはある話であり、良くなかったというわけではありません。

しかし残念ながら、Amazonでの評価はあまり良くない、というか低評価を付けている人が多いようです。低評価のコメントを総合すると「かなり売れているようだから読んでみたけれど字数が少なくて子供向けっぽく、感動するようなものではなかった」「ドラマと比べるとしょぼかった」ということになるかと思いますが、それは文章から情景を想像力で膨らませることのできなかった人、本を読み慣れていない人の言葉なのではないかと思います。本当にそうなのかどうかは分かりませんが、私は短い中にしっかりとした物語があって良かったと思いました。

なお、本作には次のような表現があり、私はめったにしないことですが、思わず書き留めてしまいました。

悲しいからではない。楽しい夢から悲しい現実に戻ってくるときに、跨ぎ越さなくてはならない亀裂があり、涙を流さずに、そこを越えることができない。何度やってもだめなのだ。

どうでしょうか。私はこれだけでも読んだ価値があったと思いました。

ということで、妻にも本作を勧めてみたのですが、妻はドラマ版で満足したからと言って読もうとしません。ドラマでは綾瀬はるかが亜紀を演じているということですが、11回も続いたということはさらに膨らませてあるのでしょうね。私も一度は観てみるべきかもしれないと思い始めていますが、今から観るのに良い方法は何なのか、それを調べるところから始めないといけません。