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自叙伝 ジャン=リュック・ピカード

実在の人物かと錯覚してしまいます。

経緯はすっかり忘れてしまいましたが、先日どこかで見つけてすぐに購入して読んだのが「自叙伝 ジャン=リュック・ピカード」という本です。

自叙伝 ジャン=リュック・ピカード

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おそらくこの本を楽しめるのは「ジャン=リュック・ピカード」というのが何者なのかすぐに分かる人だけではないかと思われますが、わかっている人には言わずもがな、「新スタートレック」(TNG)に登場する宇宙艦U.S.S. エンタープライズの艦長Jean-Luc Picardのことです。TNGの主役が誰であるのかというのははっきりしないところですが、誰か一人といえばまっさきに考えるのがJean-Lucでしょう。このJean-Lucというのはもちろん架空の人物ですが、その彼が書いた自叙伝の形式で書かれた小説がこの作品です。

Captain PicardというのはPatrick Stewartが演じていたキャラクターですし、表紙も惑星連邦宇宙艦隊の制服姿のPatrickの肖像なのでどうしても彼のイメージで脳内再生されてしまいますが、若い頃のJean-Lucはどういう姿だったのでしょうか。やはり若かりし頃のPatrickの姿で想像すればよいのかとGoogleで画像検索してみると、やはりシェイクスピア俳優だったというだけあってなかなか凛々しい青年だったようですね。

「スタートレック:ヴォイジャー」(VOY)は全話観て面白かったのでTNGも全て観たいと思うのですが、TNGの最初の方はかなりつまらないのですよね。全部観てやる!と意気込んで観始めたことはあるのですが、何話か観て挫折してしまったことがあります。そのためこの「自叙伝」にも知らないエピソードがいくつも出てきて、それは私が観ていないから知らないだけなのか、そもそも本編には出てこないものなのかがわからないということになっています。しかし、それはどちらであったとしても同じように楽しく読むことはできて何も問題がないので、「スタートレックシリーズは好きだけれどTNGはあまり観たことがない」という人でも楽しむことができるのではないかと思います。

ちなみに著者名も「ジャン・リュック・ピカード」になっていてこういう遊び心は楽しいですが、本当の著者はDavid A. Goodmanという人で、編集者としてクレジットされています。スタートレックの大ファンと公言している人が、好きが高じて本を書いてしまったというものなので、内容はかなりディープなものになっていて大ファンにも満足できるものになっているのではないでしょうか。私はだいぶライトめなファンだと思いますが、非常に楽しく一気に読み切ってしまいました。同じ著者がJames T. KirkやMr. Spockの自叙伝も書いているので、オリジナルシリーズ(TOS)が好きな人にはそれらのほうが面白いかもしれませんが、残念ながら日本語訳はなされていないようです。私はTOSについてはあまり知識がありませんが、いつか日本語版が出たらぜひ読んでみたいと思います。

アルジャーノンに花束を

これもSF。

先日、「ダウン症で神経細胞の増加を抑制している遺伝子を特定し、その遺伝子の働きを抑えて神経細胞を増やす化合物も発見した」というニュースがあり、研究チームはその化合物を「アルジャーノン」と命名したとのことですが、その命名の是非についても巷で話題になっていたようです。元になっているのはDaniel Keyesの著作である「アルジャーノンに花束を」というSF作品ですが、議論の中で「ちゃんとこの本を読んでいる人であればこのような命名はしないだろう」というような発言がありました。実は私もこの作品の名前だけは知っていたものの読んだことがなかったので、この発言をきっかけに、よい機会なので読んでみることにしました。

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主人公のチャーリイ・ゴードンは知的障害を持っているため32歳ながら6歳児並みの知能とされていますが、パン屋の手伝いをしながら、知的障害者専門の学習クラスに通っています。その熱心な学習意欲を買われ、脳手術により知能を向上させるという臨床試験の被験者となります。このとき、先に動物実験の対象となって能力の目覚ましい向上を見せていたのがハツカネズミのアルジャーノンでした。手術は成功してチャーリイの知能は著しく発達しますが、それとともに彼の生活も一変し、本人も周囲の人々も戸惑うことになるのでした。冒頭を要約するとこのような感じでしょうか。

物語はすべてチャーリイの一人称として、主に「経過報告」として日記のような形で綴られていますが、この経過報告こそがこの作品の肝といえるところです。ストーリーとしては映画化したら素晴らしいものになるのではないかと思いましたし、現に何度も映画やテレビドラマ、舞台で演じられているようで、2015年にも日本でドラマ化されていたようなので観たという人も少なくないかもしれません。しかし、この作品では映像として観るのと、文章として読むのとではまた違う楽しみがあるはずです。原作から和訳する際にも非常に苦労したことでしょうが、日本語ならではの表現に置き換えてとてもうまく描いているのではないかと思います。

この作品のSFたるところは「手術により知能を高める」ということと、その後の経過とに限られていて、物語自体それ以外は一般的なドラマと何ら変わりないように見えます。しかし、SFといえば宇宙船やタイムマシンを連想しがちですが、言ってみれば現代の科学技術ではありえないことはすべてサイエンス・フィクションなのですから、この作品も紛れもないSFと言えるわけです。また、その言わば実験的な表現手法はとてもSF的で、文芸作品にはあまり見られないものに感じられました。

ということで私も読み終わったあとでは、最初に取り上げた「ダウン症の治療に役立ちそうな物質」に「アルジャーノン」と命名するセンスには違和感があります。ただ、チャーリイの手術に用いられたのがその化合物のようなものであるのだとすると、発見した人たちが作品にあやかってそう名付けたくなるのも分からないではありません。でもそれでは暗示されている未来が明るいものではないような…

羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季

日本のサラリーマンとどちらが厳しいでしょうか。

もう20年も前のことですが、私たち夫婦の新婚旅行は私が子供の頃の一時期を過ごしたイギリスへ行きました。基本的にはロンドンに一週間ほど滞在する航空券とホテルのみのパックツアーにしたのですが、その間にロンドンのホテルは借りたままレンタカーでイングランド北西部まで足を伸ばして「嵐が丘」の舞台となったハワース、湖水地方のウィンダミア、古いイングランドの景観が残るコッツウォルズを周るということをしました。残念ながらコッツウォルズは到着時刻が遅くなってしまって宿が取れず、車から眺めるだけでロンドンへと戻ることになってしまったのですが、イングランドの古い町並みの散歩やなだらかな丘のドライブは大変楽しかった思い出です。

この中でウィンダミアでは美しい景色や、Peter Rabbitを生んだBeatrix Potterが過ごした家Hill Topを楽しんだものですが、実はこの湖水地方では伝統的な羊の放牧が今でも続いており、そしてPotterもここで農場を経営していたのだそうです。そうしたことも、羊飼いがどのような生活をしているのかということも私はほとんど知りませんでしたが、James Rebanksという現役の羊飼いが書いた「羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季」という本を読んで知ることができました。もともと特に私の興味のある分野ではなかったのですが、先日早川書房がFacebookで紹介していた「羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季」がなぜか気になったので読んでみたというわけです。

羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季

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本書では湖水地方で羊農場を営む著者がこの地方の羊飼い独特の農法、羊飼い家族の日々の暮らしを季節ごとに記したものです。厳しい自然の中で、羊や牧羊犬といった動物たちとの生活は毎年同じことの繰り返しのようでありながら様々な出来事があり、それに応じた対応が必要になるものです。そして一年を通じて毎日やらなければならない仕事があるのでゆっくりと休める時期があるわけでもなく、農場外と接するのは近隣の農場のほかは毎年行われる羊の品評会などのみ、という世間とは隔絶された世界です。

この本を通じて知ることができることは、湖水地方は美しいだけではなく、また羊も可愛いだけではないということ、そして美しい景観をなす石垣一つとっても羊飼いたちの日々のメンテナンスの賜物であるということです。私たち観光客はのんきに牧畜風景を見て穏やかな気持になったりしていますが、彼らにとっては観光客など邪魔者でしかないようですし、それは大いに理解できることです。観光客が増えたところで彼らには何のメリットもないのでしょうから。

著者のRebanks氏は祖父の代から続く家の農場を継ぐことが当然で特に学歴を必要としないにも関わらず、高校卒業後しばらくしてからオックスフォード大学に入り修了したという羊飼いとしては異色の経歴を持っています。そのおかげでこのような本を出版することにもなり、羊飼いの生活ぶりが世の中に広く知られるようにもなったのでしょう。そうでもなければそれはまだこの先もずっと謎のままだったのではないでしょうか。

本書が面白いのは思いのままに時系列を行ったり来たりしながら書かれているようなところで、それが著者と思考を共有するような効果があって良いのではないでしょうか。まったく知らない世界の出来事でありながら、読後には親しみを感じることができるようになりました。また、早川書房といえば中学生時代にはハヤカワ・ミステリ文庫、その後はハヤカワ文庫SFでお世話になってきた私には翻訳物に強い出版社というイメージがありますが、本書も翻訳の質が高くとても読みやすかったと思います。