第二次世界大戦の終戦から1989年にベルリンの壁が崩壊する頃まで、かつてはアメリカ合衆国とソビエト連邦という超大国と呼ばれた2つの国を中心としてその核の傘に守られた、資本主義と共産主義というイデオロギーの異なる2つの陣営がいがみ合う冷戦の時代がありました。互いに果てしなく軍拡競争を繰り返しましたが、微妙なバランスを保つことで大規模な戦争には至らず、ドイツのベルリンを東西に分断していた壁がなくなり東西ドイツが融和へと向かって動き出すと、その年の終わりにはソ連のゴルバチョフ大統領とアメリカのブッシュ大統領(パパ)とにより冷戦の終結が宣言することとなりました。
その後共産主義陣営の東欧諸国では革命が相次ぎ、1991年のクリスマスにはゴルバチョフ大統領が辞任し連邦の各共和国が独立することでソ連自体も解体されることとなり、東西のバランスは一気に崩れることとなりました。これ以降はアメリカただ一国のみが「超大国」として世界の警察官を自任するようになってしまったため、アメリカの独善的な行動が目につくこともしばしばという状況となってしまいました。
これではいけないということは他の国の人は誰でも思うことなのでしょうが、圧倒的な国防予算と現有軍事力の前には到底歯が立つものでもありません。しかし、かつてのプライドによるものなのか、ロシアのプーチン大統領が年次教書演説で「ロシアが今後、国益の追求と世界の安定のため、近代的な軍事大国建設に向けて邁進する」と宣言したそうです。これで危惧されるのはかつての冷戦時代に逆戻りするようなことはないのかということですが、これについては「予算は増やすが、(米ソ両国の軍拡競争で巨大な国防予算に押しつぶされた)ソ連の過ちは繰り返さない」とも述べているそうで、アメリカに肩を並べようとまでは思っていないようなので一安心といったところでしょうか。
戦争を望ましいと思う人はまずいないのでしょうが、国家同士の力を比較するものとしては軍事力以外の物差しはないものなのでしょうか。それがたとえ実際の戦闘での使用を前提としたものでないとしても、戦争の道具であることには変わりがありません。最近の竹島の問題でも韓国が軍事行動をちらつかせるような動きがありましたが、これに対抗しようと日本も軍備を進めるというのではどうにも浅はかなように感じてしまいます。今のところは自衛隊の装備が勝っているということで静観しているようなところがありますが、仮に韓国の軍備が充実してきて拮抗するような状態になったとすると、その後は日本も軍拡競争に巻き込まれていくようなことになってしまうのでしょうか。
もちろんこれらは使わないに越したことはないわけですが、結局使うことのない装備のために大金をつぎ込むというのではなく、もっと有意義な用途に使うことを考えて欲しいと思います。どうせなら対外援助額で競ってみるとか、派遣した援助隊員の人数で競ってみるとか…アメリカに対しても真っ向から対抗できないのであれば、何らかの形で貸しを作れば発言力にもなるのでしょうから、軍事基地を提供する以外にも日本にできることが何かあるのではないでしょうか。
