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旅猫リポート (2018)

単に歳のせいで涙もろくなっただけでしょうか。
🐈

COVID-19の対応で私の勤務先が在宅勤務を指示するようになってから、ゴールデンウィークをまたいでちょうど1ヶ月ほどになりますが、私はその間毎日欠かさず10000歩以上の散歩というかウォーキングを続けています。それまで徒歩で通勤していて日々の歩数が10000歩程度だったので、そのペースを変えないよう、運動不足で体力とともに免疫力が低下しないよう、という思いなのですが、ある時ふと「この調子なら犬の散歩も苦ではないな」と思いつきました。といっても残念ながら自宅マンションではペットを買うことが禁じられてしまったので叶わないのですが。

というと犬派のようですが、私が子供の頃、東京都内にあった祖父母の家は野良猫が何匹も出入りしているようなところで、そこで慣れ親しんでいたので猫も嫌いではありません。ただ、あの気まぐれな感じが私にはちょっと合わないような気がして、飼うならもっと直接的に愛情を求めてくる犬のほうが良いかな、というくらいの感じです。

それはともかく、今回観たのはたまたまAmazon Prime Videoの「おすすめ映画」で出てきた「旅猫リポート」という作品なのですが、タイトルにも登場するくらい猫を大きく取り上げた作品ということでなんとなく軽い気持ちで観てみたところ、これまでで最高に私の目頭は熱くなってしまったのでした。

もともと野良猫だったナナが主人公である悟の飼い猫になるいきさつから始まるのですが、とある事情でナナの引取先を探すことになり、その過程で悟の少年時代の出来事や生い立ちや、ナナを手放さなければならなくなったというその事情が明らかになる、というような話になっています。

主役の悟を演じている福士蒼汰は別に好きなわけでもないのに主演作を何本も観てしまっているのですが、この人はまだ若いのに大人びているので、高校時代のシーンに無理があるのですよね。実際日本人が高校生だったときにも似合わなかったのかもしれませんが。高校で同級生だった千佳子の役で広瀬アリスも出ているのですが、この人も高校生にしては色気がありすぎて違和感が大きかったです。実は直前に広瀬アリス主演の「巫女っちゃけん。」を観ていたのですが、同年の作品なのにだいぶ雰囲気が違っていて驚きました。

また、ナナの声を高畑充希が演じていますが、本当に猫の独り言のように聞こえてなかなか良かったです。動物にセリフを言わせたりするとコメディ的になるか子供っぽくなるかしてしまいがちなものですが、この作品ではそうならずにしっかり泣かせるのは、高畑充希の台詞回しも一役買っているのではないでしょうか。

しかしこの作品が感動を与えるものになっているのは脚本の力が大きいのでしょう。本作は有川浩氏の同名の小説を原作にした作品となっていますが、この映画の脚本も有川氏が担当しており、原作で訴えたかったものがしっかりと表現されているということなのではないでしょうか。もちろん私はまだこの原作を読んでいませんが、ぜひ一度映画の記憶をなぞりながら読んでみたいと思っています。

捨て猫

ペットを飼うには相応の覚悟が必要です。

今朝いつものようにiPod ShuffleでAvril Lavigneを聴きながら、毎朝通る霊園内の通路を歩いていると、Avrilの歌声に混じって猫がミャーミャー鳴く声が聞こえてきました。その場所はいつも野良猫が何匹もいるところなのですが、彼らも普段は静かに丸まっているだけなので、鳴き声はほとんど聴いたことがありませんでした。そこでおやっと思って通路脇を振り返ってみると、ペットを運ぶときに使うカゴがゴトゴトと動いているのが見えました。さらに近付いて中を覗き込んでみると、そこには生後半年ほどと思われる若い猫がいてそのカゴから出ようと暴れ回っているのですが、カゴの蓋はロックされていて中から開けることはできないようでした。

かわいそうに捨て猫か、と思ってカゴを開けて逃がしてやろうかと手を伸ばしかけたところで、カゴの中にはキャットフードの缶詰が一缶入れられているのに気付きました。もちろんそんな缶詰は猫が勝手に食べることなどはできませんから、捨てた人は哀れに思った誰かに拾って育ててもらうことに期待したのでしょう。確かにそんな若い猫をいきなり野に放したところで上手く食べていける保証はありませんし、私のあとで通りがかった誰かが連れて帰ってくれる可能性もあります。ここで安易に逃がしてしまわない方がこの猫が幸せになれる可能性もあるのかもしれない、と思いとどまり、結局私はそのまま猫を置いて職場へ向かいました。万が一帰りに通りがかるまでそのままだったらその時は逃がしてやろう、と勝手に心に決めていたのですが、さすがにそんなに長い時間放っておかれるほどこの世も捨てたものではなかったらしく、夕方には跡形もなくなっていたので心優しい誰かが連れて帰ってくれたのでしょう。

それにしてもこの猫を捨てた誰かは一体どういう思いで置いていったのでしょう。しっかりしたカゴに入れられていて、キャットフードも一緒に入れているということは「猫が邪魔になった」というような冷たいことではなく、何かやむを得ない理由があってのことなのかもしれませんが、責任を持って飼わなければならないペットを捨てたという事実は同じ事です。どんな理由があるにせよ、一旦請け負った責任は全うしなければなりません。

また、ちょうど猫が捨てられていた辺りは野良猫に餌をやる人が複数人いて、毎日のようにその現場に出くわしているのですが、これも一見猫のことを思ってやっていることのようで、実際にはその本人の自己満足に過ぎないのではないか、むしろ不幸な猫を増やし続けているだけなのではないかという気がしています。ここの猫にとっては空腹を満たしてくれるありがたい存在なのは間違いないことでしょうが、食料が満ち足りてしまうことで仔を産んで増やしてしまい、その仔らも同じようにこの人らの餌に頼るほかないかわいそうな存在になってしまうのではないでしょうか。結局、この人たちは公の場で勝手にペットを飼っているのと同じ事をやっているだけなのです。もちろん「野良猫は不衛生だからさっさと処分してしまえ」などという冷酷なことを言うつもりは全くありません。ただ、食糧が不足していれば子孫を残そうとする働きも抑制されるはずなので、その数は自然に調整されるのではないかということです。

こうして、猫を育てきれず捨ててしまう人と、捨てられた猫に餌を与えて育てる人とがいるわけですが、結局どちらも困った人たちというように私の目には映ります。ではどうするべきなのかということですが、そもそも猫というのは従順な動物とはいえず、ペットとして飼うのはちょっと難しいところがあるのではないでしょうか。私も幼い頃から祖母の家で飼われていた猫たちに接しているので猫は嫌いではない、というよりむしろ好きな方なのですが、自分の家で飼おうと思ったことは一度もありません。

犬の方が手間がかかるところももちろんありますが、基本的に従順で言うことを聞きますし、世間でも一般的に認知されているので飼いやすいはずです。あるいはもっと小型の動物であれば手間も金もかからないものもたくさんいますから、自身のない人はそういうものから始めて、生き物を飼うことの難しさ、命の大切さというようなものを学んで欲しいものです。猫を飼うのはそれからでもいいではないですか。ペット飼育の中級レベルを自認してからということにしてください。飼えなくなったら置いておけば誰かが育ててくれる、そんな考え方は絶対に許せません。自分が猫の立場だったらどういう気持ちになるかを考えてみれば踏みとどまれると思うのですが、そんな想像力のある人であればそもそもそういう状況に陥ることもないのでしょうね。