捨て猫

ペットを飼うには相応の覚悟が必要です。

今朝いつものようにiPod ShuffleでAvril Lavigneを聴きながら、毎朝通る霊園内の通路を歩いていると、Avrilの歌声に混じって猫がミャーミャー鳴く声が聞こえてきました。その場所はいつも野良猫が何匹もいるところなのですが、彼らも普段は静かに丸まっているだけなので、鳴き声はほとんど聴いたことがありませんでした。そこでおやっと思って通路脇を振り返ってみると、ペットを運ぶときに使うカゴがゴトゴトと動いているのが見えました。さらに近付いて中を覗き込んでみると、そこには生後半年ほどと思われる若い猫がいてそのカゴから出ようと暴れ回っているのですが、カゴの蓋はロックされていて中から開けることはできないようでした。

かわいそうに捨て猫か、と思ってカゴを開けて逃がしてやろうかと手を伸ばしかけたところで、カゴの中にはキャットフードの缶詰が一缶入れられているのに気付きました。もちろんそんな缶詰は猫が勝手に食べることなどはできませんから、捨てた人は哀れに思った誰かに拾って育ててもらうことに期待したのでしょう。確かにそんな若い猫をいきなり野に放したところで上手く食べていける保証はありませんし、私のあとで通りがかった誰かが連れて帰ってくれる可能性もあります。ここで安易に逃がしてしまわない方がこの猫が幸せになれる可能性もあるのかもしれない、と思いとどまり、結局私はそのまま猫を置いて職場へ向かいました。万が一帰りに通りがかるまでそのままだったらその時は逃がしてやろう、と勝手に心に決めていたのですが、さすがにそんなに長い時間放っておかれるほどこの世も捨てたものではなかったらしく、夕方には跡形もなくなっていたので心優しい誰かが連れて帰ってくれたのでしょう。

それにしてもこの猫を捨てた誰かは一体どういう思いで置いていったのでしょう。しっかりしたカゴに入れられていて、キャットフードも一緒に入れているということは「猫が邪魔になった」というような冷たいことではなく、何かやむを得ない理由があってのことなのかもしれませんが、責任を持って飼わなければならないペットを捨てたという事実は同じ事です。どんな理由があるにせよ、一旦請け負った責任は全うしなければなりません。

また、ちょうど猫が捨てられていた辺りは野良猫に餌をやる人が複数人いて、毎日のようにその現場に出くわしているのですが、これも一見猫のことを思ってやっていることのようで、実際にはその本人の自己満足に過ぎないのではないか、むしろ不幸な猫を増やし続けているだけなのではないかという気がしています。ここの猫にとっては空腹を満たしてくれるありがたい存在なのは間違いないことでしょうが、食料が満ち足りてしまうことで仔を産んで増やしてしまい、その仔らも同じようにこの人らの餌に頼るほかないかわいそうな存在になってしまうのではないでしょうか。結局、この人たちは公の場で勝手にペットを飼っているのと同じ事をやっているだけなのです。もちろん「野良猫は不衛生だからさっさと処分してしまえ」などという冷酷なことを言うつもりは全くありません。ただ、食糧が不足していれば子孫を残そうとする働きも抑制されるはずなので、その数は自然に調整されるのではないかということです。

こうして、猫を育てきれず捨ててしまう人と、捨てられた猫に餌を与えて育てる人とがいるわけですが、結局どちらも困った人たちというように私の目には映ります。ではどうするべきなのかということですが、そもそも猫というのは従順な動物とはいえず、ペットとして飼うのはちょっと難しいところがあるのではないでしょうか。私も幼い頃から祖母の家で飼われていた猫たちに接しているので猫は嫌いではない、というよりむしろ好きな方なのですが、自分の家で飼おうと思ったことは一度もありません。

犬の方が手間がかかるところももちろんありますが、基本的に従順で言うことを聞きますし、世間でも一般的に認知されているので飼いやすいはずです。あるいはもっと小型の動物であれば手間も金もかからないものもたくさんいますから、自身のない人はそういうものから始めて、生き物を飼うことの難しさ、命の大切さというようなものを学んで欲しいものです。猫を飼うのはそれからでもいいではないですか。ペット飼育の中級レベルを自認してからということにしてください。飼えなくなったら置いておけば誰かが育ててくれる、そんな考え方は絶対に許せません。自分が猫の立場だったらどういう気持ちになるかを考えてみれば踏みとどまれると思うのですが、そんな想像力のある人であればそもそもそういう状況に陥ることもないのでしょうね。

「捨て猫」への2件のフィードバック

  1. 私はネコを飼っているので思わずコメントしました。
    ブログの中でも仰っていたように、飼い主の責任というものが一番肝心な事と思いますが、あえて一言を。
    ネコに餌をあげている人を私は自己満足の人とは思えないのです。今ネコにとって生きるのに何が必要なのかと考えた時に、時間と労力とお金(餌)を使ってネコと共生する環境の余地を生み出しているように感じるからです。
    確かに野良猫が仔猫を生んでしまう事はメスネコだけでなくオスネコの避妊があまりなされていないという飼い猫の現状も問題だと思います。野良猫は飼い猫に比べるととても寿命が短いそうです。だからこそ子孫を残そうとするのかも知れません。
    またTV番組で放映していたのですが、野良猫を地域ネコとして世話し、カンパを募り避妊手術を受けさせている活動をしている人がいました。もちろん飼い主のモラルと責任が重要で捨て猫や迷いネコが居ない方がいいのかもしれませんが、そういったネコ達と共生の余裕がある方がなんだか安心できる社会のように感じるのです。

  2. 真摯なご意見をありがとうございます。猫たちへの愛情が伝わってくるように感じました。

    私も「カンパを募り避妊手術を受けさせている活動をしている人」については聞いたことがありますが、そこまで真剣に考えて行動されている人々については確かに一緒くたに非難すべきではないと思いますが、そうでなく単に「かわいそうだから」と餌をやっているだけの人についての印象は変わりません。

    公共の場で猫を育てようとするのであれば、広く理解を得られている必要があるのではないかと考えるのですが、実際には猫嫌いで迷惑しているという人も少なからずいるのではないでしょうか。猫好きな人には思いもよらないのかもしれませんが、色々な価値観を持つ人間同士が共存しているということも考えなければなりません。

    その人がたとえ私財をなげうって猫に捧げていたとしても、それが社会的に支持されることなのでなければ単なる自己満足ではないかと思うわけです。猫が自分たちで食料を獲得して生きていけるのであれば「共生」もアリかとは思いますが、特定の人間に頼っているのであればそれは単に飼われているのと何が違うでしょうか。

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