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The Beguiled (2017)

女性視点なのかな。

Sofia Coppolaといえば「地獄の黙示録」で有名な映画監督Francis Ford Coppolaの娘の映画監督ですが、私も初期の3作品「ヴァージン・スーサイズ」、「ロスト・イン・トランスレーション」、「マリー・アントワネット」を観て以来、ちょっとご無沙汰になっていました。その10年ちょっとの間に「SOMEWHERE」、「ブリングリング」という2本の映画を監督し、「SOMEWHERE」の方は第67回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を獲得するなど高い評価を得たようですが、私はそんなことは全く知らず観たことがありませんでした。

しかし、私がInstagramでフォローしている大好きな女優のうち2人、Kirsten DunstとElle Fanningが互いの写真に登場するようになったので共演しているのかな、と思っていたらその監督がSofia Coppolaであることがわかり、これはぜひ観なければと思っていたのが今週観た「The Beguiled / ビガイルド 欲望のめざめ」でした。

この作品は1971年にClint Eastwood主演で「白い肌の異常な夜」というタイトルでも映画化されている、Thomas P. Cullinanの小説”The Beguiled”を再度映画化したものとなっています。”beguiled”とは「だまし」というような意味になりますが、それがこの映画のストーリーに対して最適なタイトルなのかどうかはよくわかりません。邦題の方は原題そのものに「欲望のめざめ」と副題が付いていますが、これは直接的ながらストーリーからのずれはありません。1971年作品の方の邦題はなんだかいかがわしい印象をあえて持たせているような感じもありますが、当時の評判はどうだったのでしょうか。

物語は南北戦争中に南軍に付いていたバージニア州で、北軍の伍長であるJohn McBurneyが負傷しているところを寄宿制女学園の生徒に助けられ、校長らの手当てを受けて回復し、校長以下女性のみの学園で過ごしているうちに色々なことが起こり…というものです。どうやら後半以降の流れは原作や1971年版と異なっているようで、また1971年版は助けられた兵士側の視点で描いていたのに対し、本作では女性監督らしく女性側の視点となっているところも異なるようです。

女学園の校長Martha役はNocole Kidmanが演じており、さすがアカデミー賞やゴールデングローブ賞の受賞歴を持つ大女優だけあって迫力と妖艶さ、そして厳しさを見せてくれます。そしてただ一人の教員Edwina役がKirsten Dunst、奔放な女生徒Alicia役がElle Fanningとなっており、本作ではこの二人が重要な役どころとなってきます。また、助けられる兵士役はColin Farrellですが、かつて「最も美しい男」や「最もセクシーな男」の一人に選ばれているとのことで、そういう魅力のある男の代表として出ているということになるのでしょうか。

本作は戦時下の物語ということで慎ましやかな生活の様子なども見所の一つなのかと思いますが、特徴的なのがBGMがほとんど使われていないということです。それによって遠くから絶え間なく聞こえる大砲の音で先頭を身近に感じながら生活する彼女らを理解することになり、また夜には虫の声を背景に聞くことでこの学園が野原にぽつんと存在しているということを知ることができます。

また一つ驚いたのは、エンドロールの短さです。大作映画に慣れすぎてしまったためか、このあと細かいスタッフの名前がずらずらと表示されるのかと思ったらそこで終わってしまい、ものの数分でした。最近の作品はCGを多用しているために非常に多くの人々が関わることになっていますが、本来の実写映画というのはこの作品と同じくらいの規模で作ることができるものだったのかと再認識させられました。製作費は1000万ドルということですから、決して低予算というわけではないのですが、それはセットや衣装に費やされたのでしょうか。

Marie Antoinette

2月1日の昨日は月に一度の映画の日だったのですが、テレビで映画「マリー・アントワネット」のCMを見ていた妻が珍しく「ちょっと観てみたい」ということだったので、子供が学校や幼稚園に行っている間に一緒に行こう、と会社を休んで二人で観に行ってきました。妻自身久しぶりの映画館だったのですが、毎月いつも深夜に一人で観ている私も誰かと一緒に映画を観るというのが久しぶりで、やはり一人で孤独に観るよりもいいものでした。妻と二人でというのはもう何年ぶりかになりますが…

いつものシネコンに行ってみると平日の昼間、しかも朝一番の上映だというのになかなかの賑わいでしたが、やはりこの映画は「ベルばら」世代の中年女性には見逃せない1本ということなのでしょうか。さすがに男性の観客は私を含め数名のみでした。

さて作品の方は言うまでもなくオーストリアのハプスブルク家から政略結婚によりフランス国王ルイ16世の妃となったマリー・アントワネットの短くも華々しい生涯を描いたものです。最近、この映画を観るために「バージン・スーサイズ」、「ロスト・イン・トランスレーション」と監督Sofia Coppolaの作品を観てきた私は、「このような淡々とした作風のこの監督がマリー・アントワネットのような女性をどう描くのだろうか」という辺りに興味を持って観てきたわけですが、やはりその作風は健在で実に淡々と出来事を綴った作品になっています。あまりに単調で盛り上がりに欠けるので終わった後の感動もあまりなく、多くの人は拍子抜けしてしまうのではないでしょうか。

しかしこの作品は歴史物だと思ってはいけないのです。これはSofia CoppolaがKirsten Dunstを主役に撮ったガーリー・ムービーであり、その下敷きとしてマリー・アントワネットを設定に使っただけのことなのです。ポップな音楽を使い、カラフルな衣装や菓子などで女の子の世界をオシャレに飾った現代の映画なのです。後ろの方に座ったベルばらファンとおぼしき女性どうしが上映後に蘊蓄を語り合っていましたが、そういうことはきっとどうでもいいのです。

私自身は可愛いKirstenを大スクリーンで観ることができたので大満足です。さすがに現在24歳のKirstenが14歳の娘を演じるのは少々無理があるのではないかと最初は思いましたが、それは10代という設定の方を忘れてしまえばいいのでどうということはありませんでした。Kirstenがマリー・アントワネットを演じるということについては「アメリカ女がフランス王妃を演じるなんて」という批判の声もあったようですが、Kirstenはもともとドイツ系であり、マリー・アントワネットもハプスブルク家というドイツ貴族の出身なので全く問題ありません。

まあしかし、この映画をきっかけにフランス革命やその前後の歴史をひもといてみたり、映画の公開に先立ってテレビの各種「教養番組」で取り上げられていたマリー・アントワネットにまつわる話などを観ていると、歴史というのはなかなか面白いものなのですよね。私は年号の丸暗記を強要される中学校の歴史の授業が受け入れられず、それ以来社会科の特に世界史・日本史が大嫌いになってしまっていたわけですが、今になって気の赴くままに調べてみると複雑に絡み合った出来事の繋がりが非常に興味深いものに見えてきます。今の社会科の授業がどういうものになっているのかわかりませんが、私が受けたあの授業は結局成績を付けるためのものでしかなかったということになり、全く生徒の役には立っていないのではないでしょうか。と、そんなことを考えてしまいましたが、これからでも歴史を学んで楽しむというのも遅くはないかもしれません。

Lost In Translation

先日、マリー・アントワネットの映画を観る前からなぜサントラを買ったのかということで「ソフィア・コッポラの映画って音楽がいいよね」という話をしていて、良かったですよということで後輩Mが貸してくれたのがSofia Coppolaの出世作「ロスト・イン・トランスレーション」です。ちょうどマリー・アントワネットの前に押さえておきたかった映画なので、渡りに船とばかりに喜んで借りて観てみました。

ロスト・イン・トランスレーション

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サントリーウィスキーのCM撮影のために単身来日した映画俳優Bobと、写真家の夫と共にやってきたもの仕事に忙しい夫にホテルに置いてきぼりにされている若妻Charlotteという孤独な二人のアメリカ人が主人公なのですが、作品の舞台となっているのは全編日本で、ごく一部京都や道中の新幹線での撮影もあるもののほとんどが東京都内となっています。しかも、日本以外での公開時にも日本語の台詞はそのまま字幕も無しで上映されているということらしく、それが日本という未知の異質な国にやってきたアメリカ人の孤独さを強調する効果を持っているようです。日本語の台詞をそのまま理解できる私たちと、そうでない外国人とではこの作品のとらえ方は若干異なるのではないかという気もしますが、ほとんどデタラメな通訳などから私は私なりに受け取ることができたように思います。

Bob役はBill Murrayですが、ハリウッド俳優という役の割には嫌に地味な感じです。日本にやってきて萎縮してしまっているから、ということなのでしょうか。私はどうしてもGhost Bustersの印象が強くてコメディ俳優のように見えてしまい困ったのですが、実際ちょっとしたジョークを放つ様などはかなりしっくり来ました。

Charlotte役は当時ほとんど無名だったというScarlett Johanssonです。とは言っても芸歴は長く子供の頃からの経験があるので、かなりの好演だったのではないかと思います。あまりはっきりとは感情を表に出さない役ですが、それでもしっかりと伝わってくるものはありましたし、何よりキュートでした。アイランドでは今一つパッとしない感じでしたが、それは脚本や演出の問題だったのかもしれません。この作品でScarlettのことをちょっと見直してしまいました。

この作品の雰囲気はSofia Coppolaのデビュー作ヴァージン・スーサイズによく似たところがあるように感じました。淡々としたペースで事柄を描き、観ている側に色々考えさせるようなところがあるのは共通していて、それがSofiaの持ち味というところでしょうか。想像力をかき立てられるようなところがあるのが面白いような気もしますが、それを受け入れられない人には何を描きたいのかがわからず評価されないかもしれません。

まあそれにしても外国人の目から見るとやはり日本というのは島国であるせいもあるのか異質な国ですね。ネオンがきらびやかな新宿や渋谷の雑踏はかなり厳しいものがあるような気がしますが、逆に雄大な富士山をバックに静かにゴルフをプレーするシーンや京都の寺などは日本ならではの美しさがあり、外国人にも魅力的に映るのではないでしょうか。後者を見るまでは「こんな国に行くものか」というような感じですが、京都の美しさを見るとそれも忘れてしまうかもしれません。

そういえば私が一つ違和感を覚えたのは、夕方のはずなのに首都高速箱崎ジャンクションを走るクルマがかなりまばらであることです。撮影のために首都高を封鎖するということも考えづらいので、あれはおそらく明け方に撮ったものなのでしょうね。箱崎といえば慢性的に混む渋滞のメッカですから、それにしてもクルマの数が少ないのですが…私は10年以上通っていませんが、今でもそんなに変わっていませんよね?