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Hidden Figures

決して終わったわけではありません。

つい先日観た映画「デトロイト」で描かれていたのとちょうど同じ時代ですが、1964年のLyndon Johnson大統領による公民権法制定の頃までのアメリカでは人種差別が堂々と行われており、特に南部の州ではジム・クロウ法による人種分離が法制化されて食堂やトイレ、学校、バスの座席その他あらゆるものが白人用と有色人種用途に別けられていました。しかし、そんな差別はすっかり過去のもの…と言いたいところですが、実際のアメリカでは今でも根強く残っています。現地の会社や学校のオリエンテーションでは各種差別の禁止について繰り返し説明がありましたが、それは結局そうしないと差別による問題が起こるということであり、声高に平等を叫ぶ人がいるというのはそれがアピールになるということです。私は何か白々しいものを感じていました。

また、日本ではまだまだながら先進諸国では今でこそ当然のように女性が社会で活躍していますが、当時はアメリカでも男性と対等といえるような状況ではありませんでした。今回観た映画「ドリーム」は人種と性別による二重の差別を乗り越えて活躍した3人の黒人女性の、実話を元にした物語です。

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日本では昨年9月に公開されて、すでに先月からBlu-rayなどで発売されている作品ですが、公開当時に地元では上映されず見逃していたものです。この作品が「近隣では上映館が少なかった、上映館がなかった良質な映画をセレクトして月に一度上映」という「プライムシネマ」という企画で取り上げられていることをその数日前に知ったので、木曜日ながら残業を1時間で切り上げて観に行ってきたのでした。

主人公のKatherine Goble Johnson、Dorothy Vaughan、Mary Jacksonの3人はNASAラングレー研究所のWest Area Computersという黒人女性だけで構成された部署でコンピューター、すなわち計算手として勤務していました。それぞれ優秀なエンジニアとしての能力を持ちながら人種や性別を理由に満足な地位を与えられずにいましたが、彼女ら自身の努力により道を切り開いて活躍する、というのが本作のかなり大雑把なストーリーです。当時はソビエト連邦がЮ́рий Гага́рин (ユーリ・ガガーリン)のВосток-1 (ボストーク1号)による有人宇宙飛行に成功し、アメリカに対して宇宙開発で先行していました。NASAはこれに追いつき追い越すために研究を重ね、Mercury Atlas 6 Friendship 7によりついに有人宇宙飛行に成功しますが、Katherineらの物語がこれに絡めて語られています。

Katherineは電子計算機が本格導入される以前のNASAで軌道計算を頭で行っていたそうで、今ではとても考えられない仕事ですが、アメリカの有人飛行の歴史は彼女なくては始まらなかったのかもしれません。DorothyはWest Area Computersで事実上の管理職となっていましたが、彼女らの仕事が電子計算機に取って代わられそうなことを見てFORTRANを独学で身につけ、当時導入されたばかりのIBMのメインフレームを使いこなして、その後計算機室長となります。Maryは当時有色人種には閉ざされていた技術者への門を開き、黒人女性初のエンジニアとなったそうです。このような彼女らの活躍は素晴らしいものですが、そこに「黒人初」「女性初」という言葉が付いてしまうこと自体が残念に感じます。本来であれば特筆すべき事ではないのに、せねばならない、そういう時代があったということが残念なことです。

事前の知識がほとんどなかったので知らなかったのですが、Katherineらの上司Vivian Mitchelの役でなぜか私が大好きなKirsten Dunstが出演していたのは嬉しい誤算でした。まああまり好感の持てる人物ではなかったかと思いますが、見られただけでも嬉しかったです。もう一人贔屓にしているElle Fanningとの共演の、もうじき公開されるビガイルドがさらに楽しみになりました。

なお、また邦題の話になってしまいますが、原題は”Hidden Figures“というのに対して「ドリーム」とは随分陳腐なものの、当初はこれに「私たちのアポロ計画」という副題が付いていたので、それが無くなっただけでもだいぶマシになりました。ただ、題材になっているのはマーキュリー計画なのになぜ「アポロ計画」なのかと批判された結果外されたようですが、彼女らの才能と努力がその後のアポロ計画にも繋がったのだと思えばあながち全くの見当外れでもないのかもしれないとは思いました。あえて好意的に解釈すれば、かもしれませんが。

Orianthi – Believe

Michaelの死がなければ知ることもなかったかも…

今年突然亡くなったMichael Jacksonが予定していたロンドン公演のリハーサル風景を映画化した「マイケル・ジャクソン This Is It」は当初2週間限定の上映という予定でしたが、予想以上の人気に公開期間がさらに2週間延長されました。最初に観たときに非常に良かったのでもう一度観たいと思ったものの、2週間の間に2回観に行くというのは難しいと諦めていたのですが、1ヶ月あれば何とかなります。ということで、一昨日またシネコンに足を運んで観てきました。

公開3週目の平日、夜9時半からのレイトショーということで、普通はどんな話題作でも大抵ガラガラに空いているものなのですが、この「This Is It」の場合はびっくりするくらいの人が入っていて、やや小さいスクリーンではありましたが前から3列目まで人が埋まっているという状態でした。今回はレイトショーなのでさすがに子供はいませんでしたが、20代の若者から熟年夫婦くらいまで、やはりMichaelの音楽がいかに広く親しまれているかを、また話題性の大きさを物語っていました。

さて、今回は2回目ということでだいぶ落ち着いて臨んだつもりだったのですが、それでも最初の”Wanna Be Startin’ Somethin’“のムーンウォークには鳥肌が立ってしまいます。あのステップはわかっていて何度見ても不思議な動きで、他の誰が真似するよりも素晴らしいものです。それを映画館のスクリーンで見られるだけで元を取ったような気がしてしまいます…というのは言い過ぎでしょうか。

ところで、今回はどういう内容かがわかっているのでMichael以外のダンサーやミュージシャンにも注目してみたのですが、厳しいオーディションを勝ち抜いた彼らはそれぞれ素晴らしい演技です。たとえリハーサルであっても憧れのMichaelの前で気を抜くことなどあり得ないのでしょうが、リハーサルでこの出来であれば本番があったならいったいどんなものになっていたのか、それこそ伝説のライブパフォーマンスになっていたであろうことは疑う余地もありません…というようなことは前回も言いましたね。

そんな彼らの中でもひときわ注目を浴びることになったのは、まずコーラスの一人でMichaelと”I Just Can’t Stop Loving You“でのデュエットでカッコいいアドリブを披露していたJudith Hillです。母親が日本人ピアニストで、父親はファンクバンドのメンバーという音楽一家で育ったらしいJudithですが、今後の活躍が大いに期待されるソウルフルなボーカルの持ち主です。

そしてもう一人はギタリストのOrianthiです。ギリシャ系オーストラリア人という彼女は取り立てて美人というわけではないものの金髪のロングヘアが非常に印象的なので、最初はステージでの見栄えを考慮して選ばれたのかと思ってしまいましたが、実際にはしっかりした実力の持ち主で、さすがはMichaelに選ばれただけのことはあります。Michaelの追悼コンサートではJudithらと共に”We Are The World”を歌っていますが、彼女はギターだけではなく歌も歌えるのです。

そんなOrianthiの最新アルバムがBelieveです。

Believe
アーティスト:OrianthiGeffen (2009/10/26)ISBN/ASIN:B002NPUCP8
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Orianthiの音楽は正統派のロックですが、高音のボーカルはパワフルで、エネルギッシュなギターの音色によくマッチしています。最近になってようやくギターの良さがわかってきたような気がする私は最初からすんなり聴くことができ、何度も繰り返し聴いていますが今のところ飽きてしまうようなことはありません。もちろん彼女の音楽はMichaelのものとは大きく違うので受け入れられる層も違うでしょうが、私は結構気に入りました。

やはりギターの実力でMichaelとステージを共にしようとしていただけのことはあり、どこに出ても恥ずかしくはないでしょう。これまでは表舞台になかなか出ることができなかったかもしれませんが、今回「This Is It」の映画化により世界中の多くの人々が目にし耳にしたことで、一気に活躍の場が広がるのではないでしょうか。もしもロンドン公演が予定通り行われていて映画化されることもなかったとしたら、Orianthiの名前も知られることなく単なるサポートギタリストとして終わってしまっていたかもしれませんが、こうして私が知ることができたのも何かの運命なのでしょうか。決して何かのおかげとは言いたくありませんが…