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Terminator: Dark Fate

あの二人の登場はやや蛇足な気もしないでもありませんが。
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未来から刺客がやってくる「ターミネーター」シリーズはSF映画の金字塔的作品だと思いますが、James Cameronが離れた「ターミネーター3」以降の展開は迷走気味で、平行世界がいくつも存在するような形になってしまっています。私自身はテレビ作品の「ターミネーター:サラ・コナー クロニクルズ」も含め、私はどれもそれなりに好きなのですが、歴史が改変されて様々な未来が存在するようになっていると思えばいいような気もします。

昨日公開された「ターミネーター: ニュー・フェイト」では製作にJames Cameronが復帰し、「ターミネーター2」の正式な続編ということになっているので、「ターミネーター3」、「ターミネーター4」、「ターミネーター: 新起動/ジェニシス」の3作は無かったことにされてしまっています。まあ、「3」で審判の日を迎えてしまっては1997年以降の展開が難しくなるので無理もないのですが、「ジェニシス」のときに一度James Cameronは「私にとっての3作目」というようなことを言っていたのは何だったのかという気がしないでもありません。

また、今作ではArnold SchwarzeneggerLinda Hamiltonの二人も揃って復帰しているというのが話題となりました。また、「ターミネーター2」でJohn Connorを演じていたEdward Furlongも参加するという噂がありましたが、実際に予想外の形で出演しています。これは私もちょっと驚きましたので、ぜひ作品を見ていただきたいところですが、こう聞いたあとなのでその驚きが半減してしまったら申し訳ありません。

しかし、本作の本当の主人公と言えるのは彼らではなく、未来で強化されたGraceを演じるMackenzie Davisと、ターミネーターに狙われるDani Ramos役のNatalia Reyes、そして今回の悪役ターミネーターであるRev-9のGabriel Lunaという若い人たちの方でしょう。予告ではDaniはあまり目立たない感じでしたが、やはりターミネーターに狙われるだけあって、とても重要な役柄です。

観てきたあとで批評を見ると「意外性がない」ということで、駄作ではないが傑作でもないというような論評がありました。劇場を出るときに私の前を歩いていた若者2人組も「かなり微妙」という感想を交わしていましたが、そんなものでしょうか。確かにだいたい予想通りの展開ではありましたが、おそらく「2」にどれだけ思い入れがあるかというところで印象がだいぶ違うのではないかと思います。なにしろ「2」が公開されたのは1991年、今から30年近くも前のことですから、それ以来テレビで何度も放映されているとはいえ、若い人たちの感性には合わないところがあるかもしれません。作っている方も、観ている私の方も歳をとってしまったということでしょうか。

ところでまた邦題の話になりますが、原語では”Dark Fate”となっているのに対し、「ニュー・フェイト」と来ました。「フェイト」とカタカナで書いて通じるとは思えないのですが、fateとは日本語では「運命」のことで、ネガティブなニュアンスを持つことが多い言葉です。そして、変えることのできない未来を指すものです。ところが、変えることができないものに対して「ニュー」とはどういうことなのでしょう。原題はdark fateという、Skynetが実現しなかったとしても変えることができなかった暗い未来を指しているのにも関わらず、「新しい運命」というのは何のことを言っているのでしょうか。雰囲気だけで名前を付けて、作品に対する愛がまったく欠如しているのではないでしょうか。私は大いに不満です。

Terminator Genisys

Terminator Genisys - Arnold Schwarzenegger as T-800観たかったのはこれ。

2009年の「ターミネーター4」は製作時点では新3部作の1作目という位置付けだったにもかかわらず、興行は失敗に終わり、製作会社も倒産する事態となってしまいました。1,2作目のJames Cameronのオリジナルの雰囲気とはだいぶ変わってしまっていますが、様々なマシンが登場して、ハードな内容で私は嫌いではなかったのに残念でした。

しかしどういう経緯か、このフランチャイズの最新作「ターミネーター: 新起動/ジェニシス」が製作・公開される運びとなりました。この作品については公開前にJames Cameronが「私にとって3作目のようだ」というようなコメントを寄せていましたし、予告もワクワクするような作りでかなり期待を持たせてくれましたので、私も非常に楽しみにしていました。映画本編を観た後で予告を観なおしてみると、勘違いするように巧妙に仕組まれていることにも驚きますが、予告でネタバレしてしまっては元も子もありませんから当然ですね。

さて、冒頭1984年の世界にT-800がやってきて最初にするのはまず服を奪うことですが、1作目を観ている人はここでニヤリとすることでしょう。SF作品ではこういうことが大事だと思います。そしてその直後にはもうこの作品の最初の見せ場がやってきてしまいますが、その後もT-1000が出てきたりするのでこのあとどんどん出てきてしまうのではないか思ってしまいました。

もちろんT-800はArnold Schwarzeneggerが演じているのですが、ターミネーターも歳を取るというのは苦し紛れのようでもそれほど無理なく描かれていました。そりゃ生体組織も老化するのでしょう。でも人間よりも高い再生能力を持っているのだとしたら、老化もカバーできてしまいそうな気もします。まあそういうことにする他ないのですから認めておきましょう。
Terminator Genisys - Emilia Clarke as Sarah Connor
シリーズを通して最重要人物であり続けるSarah Connorの役は、今回はEmilia Clarkeが演じています。この作品では髪をまとめているせいか可愛らしく見えますが、他のメディアで見るとだいぶ雰囲気が違っていてびっくりします。私は観たことがないので知りませんでしたが、アメリカの大人気ドラマ “Game of Thrones“にも出演していたということで知名度は高かったようですね。

Kyle Reese役はJai Courtneyですが、この人は「ダイバージェント」シリーズや最近観た「アウトロー」の悪役で見ているので、どうも何かを企んでいるように思えてなりませんでした。役者にとっては役柄が偏らないようにするのも大切なようですね。また最重要人物John Connorは奇しくも母親役のEmiliaと同姓のJason Clarkeでした。

劇中でSarahは守護者たるT-800を”Pops”と呼んでいます。これは日本語で言えば「オヤジ」くらいのニュアンスのようですが、日本語版では「おじさん」となってしまっているのでしょうか。それではちょっとSarahの性格付けが変わってきてしまうような気がしますが、それでいいのでしょうか。確かに若い女性が「オヤジ」と呼ぶのは日本ではヤンキーくらいでしょうが、「父さん」くらいではダメだったのでしょうか。なお、このPopsを送り込んだのが誰だかわかってそれを阻止されるのを防ぐために、誰なのかは記憶から消されているというのは将来展開に自由度を与えるためにも上手い方法ですね。どうも批評家の評価は低いようですが、おそらく続編も製作されるのではないかと私は楽しみにしています。

The Running Man

The Running Manこれもわずか3年後に来ていたかもしれない未来。

Tim Berners-Leeによる1990年台はじめの大発明、WWWによってこの世の中は大きな変化を遂げました。WWWによって行政などのサービスが自宅から手軽に利用できるようになったり、大抵の疑問はググれば解決するようになってしまったり、もちろんWWWがなければこんなブログなど姿形もなかったわけですが、Twitterなどのいわゆるソーシャルメディアなどによってコミュニケーションが双方向になったというのも非常に大きな変革でしょう。WWW以前は手紙や電話などによる個対個のやりとりは当然双方向だったものの、不特定多数を相手とする発信は基本的に新聞やテレビといったマスメディアの特権でした。

以前は国家権力によるマスメディアの統制が、特に戦時には重要な意味を持っていたわけですが、同じような手はもう使うことができないでしょう。今日観た1987年の映画「バトルランナー (映画)」は、独裁政権により管理されたテレビを唯一の娯楽として与えられた社会が舞台となっていますが、この映画が作られた時にはWWWもまだ生まれておらず、テレビ放送の内容を管理することにまだ意味があった時代の作品ということになるのかもしれません。設定としては作品の公開から30年後、現在からはわずか3年後の2017年ということになっていますが、そこで描かれているのは「来なかった未来」ということになりそうです。

主人公の警官Ben Richardsは任務中に不本意な命令を拒否したために拘束されて無実の罪を着せられ、強制労働所に収監されていました。その後仲間と協力して脱獄を果たしたものの、逃亡中に再度捕らえられてしまいましたが、今度は脱獄時の映像を見て目を付けた人気司会者Damon Killianによって、犯罪者が処刑者に追われるという彼の人気番組”The Running Man”へと出演させられることになってしまう、というのが背景になります。

よくよく考えてみると、犯罪者や奴隷などが猛獣などと圧倒的に不利な戦いを強いられ、それを見世物にされるというのは大昔から行われてきたことで、実に古典的なアイデアなのかもしれません。この作品の何が違うのかというと、もともとRichardsが何の罪も犯していないのに凶悪犯罪者と喧伝されてしまっているように、様々な過去がテレビによって作られ改変されている、ということでしょうか。まあ、テレビすらなかった時代であれば権力者の言うことが全て正しい、ということもあったでしょうから、本質的には何も変わらないのかもしれません。

主人公のBen Richardsはポスターを見ればすぐに分かるようにArnold Schwarzeneggerが演じているため、どうしてもアクションスターがバッタバッタと敵をなぎ倒す単純な娯楽作品に見えてしまうかもしれません。しかし実際のところそれほど戦闘シーンは多くなく、心理的描写や社会背景の描写もある程度重視されているように思えるので、スターの存在感が強すぎるのも困ったものです。

この作品自体有名ですし、日本でも何度かテレビ放映されていたので私も観たことがあったのですが、あらすじしか憶えていなかったので思った以上に楽しむことができました。作品中に描かれているテレビ番組の演出が80年台テイストで相当古臭いのですが、当時はなんとも思わなかったはずなので、その時予想できた未来のテレビ番組というのはこのようなものだったのでしょう。もちろん今は未来的だと思っている作品だって、30年後の人にはどう見えるのかなんて分かりませんからね。