想像力を働かせるのがSFの楽しみ。

先日、居間で家族が見ていたテレビで映画「メッセージ」が紹介されているのを何気なく聞いていて、Amy AdamsJeremy Rennerが出演しているということでちょっと興味を持ったのですが、この作品はTed Chiang原作のあなたの人生の物語を原作としたものであるとのことでした。映画の公開は5月ということでまだ間があるので、それまでの間に原作を読んでみよう、ということでその場ですぐにKindle版を購入し、読んでみたところこれが凄いものでした。

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)
テッド・チャン
早川書房
売り上げランキング: 8,340

というのは、「あなたの人生の物語」という作品自体は短編で、この本は短編集になっているのですが、ここに収められている作品がどれも独特で、素晴らしいものなのでした。ジャンルとしてはSFとされていて、「あなたの人生の物語」は地球に異星人がやって来て…という話なのでまさにSF的な設定になっているのですが、最初に収録されている「バビロンの塔」は旧約聖書に登場するバベルの塔での出来事を描いたものですし、「七十二文字」という作品は「名辞」という秘密の言葉を紙に書いて埋め込むと人形を動かすことができる、という世界の話で、ファンタジー的な世界観も併せ持つ不思議な雰囲気があります。なお、この72文字で人形を動かす、というのはユダヤ教のゴーレムから来ているようです。

私が一番凄いと思ったのは「地獄とは神の不在なり」という作品です。これもまた非常に宗教的なテーマのものなのですが、たびたび地上に姿を現す天使が降臨すると奇跡的治癒により救われる人がいる一方、その光を浴びることによって命を落としたり目を失ったりという目にも遭うという凄まじい世界が舞台となっています。この作品には作者の宗教観が反映されているようですが、読者も宗教を信じるということについて考えさせられるのではないでしょうか。

このようにSFとしては非常にユニークな世界観の作品が多いTed Chiangですが、なんとなく以前似たような作品を読んだことがあると思ったら「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」という短編集に収録されていた「商人と錬金術師の門」が彼の作品だったのでした。たしかにこの作品もとても特徴的で味のある作品でした。

ということでとても面白かったのでTed Chiangの作品をもっと読んでみたいと思ったのですが、実は彼は非常に寡作で、これまでに発表されている作品が20に満たないとのことで、これ以上はしばらく読むことができそうにありません。本業はテクニカルライターだとのことですが、これだけ質の高い作品をコンスタントに出し続けるというのは難しいのでしょう。質の低い作品がいくつあっても評価を落とすだけですから、これも仕方のないことです。いつかまた新しい作品に出会えることを楽しみに待ちますが、一方でこの短編集に収められている作品もまた読み返すことで新しい理解が得られそうなのでまだしばらく楽しんでみたいと思います。