National Security Agency大ベストセラー作家もデビュー作はこんなものなのでしょうか

ダ・ヴィンチ・コード」の原作を読んで以来、すっかりダン・ブラウンのファンになってしまったのか「デセプション・ポイント」「天使と悪魔」とこれまでの作品を続けて読んでいますが、最後に読むことになったのはデビュー作の「パズル・パレス」でした。本国で出版されたのは1998年ということですが、日本語版の方は「ダ・ヴィンチ・コード」などによりブラウンの評価が確実なものとなった2006年、去年の出版となっています。

タイトルになっている「パズル・パレス」とは英辞郎on the WEBによると「司令部」を意味する俗語ということになっていますが、本書では「迷宮」という漢字に「パズル・パレス」とルビが振られています。この「迷宮」が意味しているのはアメリカ国家安全保障局(NSA)の暗号解読課(Crypto)なる組織の建物のことです。ここには「トランスレータ」なる超高性能コンピュータが設置されていて、インターネット上のあらゆる暗号情報を1件につき数分以内で解読している、ということになっています。

まあこの設定自体、私たちの認識からすると荒唐無稽なものにしか聞こえませんが、本書が書かれたのが今から10年ほど前ということを考えると、その間のコンピュータ技術と暗号技術それぞれの目覚ましい発展があった分、追いついていないのは仕方のないことでしょう。莫大な予算をつぎ込んで開発された「トランスレータ」にかかれば解読できない暗号などない、ということになっているというのがこのストーリーの大前提になっているのですが、実際にそんなことになっているとしたら9.11なども未然に防がれ、アメリカを中心とする世界の状況も今とは違うものになっていることでしょう。そう、この作品は9.11以前に書かれたものなのでした。

私がこうしてダン・ブラウン作品を読んでいる理由となっているその第一の特徴は「テンポがよく読みやすい」ということです。本書でもその特徴は既に確立していて、ほとんどの節が数ページ以下のものとなっていて、その節ごとに場面転換が行われて主人公が切り替わる、という独特のスタイルとなっています。実際読んでいても軽妙なテンポで話が進んでいくので、知らず知らずのうちにずいぶんページが進んでいるような感じがあります。

しかし、残念ながら話が非常に薄いです。これまでに読んだダン・ブラウン作品にふんだんに盛り込まれていた蘊蓄もほとんど披露されていないのです。また、どうしても私の専門分野にも近いので仕方のないことなのかも知れませんが、ところどころに登場するコンピュータ関連の専門用語の使われ方が不適切で、こういうことがあると何を語られてもすっかり台無しになってしまいます。どうしてNSAのデータベースのファイアウォールとなっているフィルタにX-11なんていうものが出てくるのでしょうか…まあひょっとしたら私が知っているX11とは別のものなのかも知れませんが。それはともかく、どうも全体的に取材不足という印象を受けてしまいました。まあ、デビュー作ということですから…この次に書かれた作品である「天使と悪魔」があれだけ楽しめる作品になっていることには逆に驚かざるを得ませんが。

ちなみに原題は”Digital Fortress”すなわち「デジタル要塞」となっているようで、邦題が謎めいた雰囲気を醸しているのに対して、より直接的なタイトルですね。また、日本語版は物語の鍵となる「指輪」を大きく描いた表紙となっていますが、ちょっと古びた感じの指輪がこの話の中で受けるイメージとはちょっと違い、ラングドンシリーズと意図的に雰囲気を合わせているような印象を受けます。実際のストーリーは全く違うので、ラングドンシリーズと共通したものを期待した人は失望することになってしまうかも知れません。まあ、そうでなくてもアレかもしれませんが…