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Carrie Fisher 1956-2016

彼女にフォースのあらんことを。

2日続けてこんな記事を書かなければならないとは思いませんでした。Star Warsの旧三部作のレイア姫として知られるCarrie Fisherが亡くなってしまいました。23日に飛行機内で心臓発作を起こして心肺停止したものの、その後一命を取り留めて集中治療室で容態は安定したと伝えられていましたが、昨日27日に急変して帰らぬ人となってしまったのです。60歳でした。

Star Warsの大ファンである私は大変ショックでならないのですが、それもつい先日Rogue Oneを観たところなのでなおさらです。本人の姿は昨年のThe Force Awakensで見て、このあとEpisode 8, 9と続けて出てくれるものと思っていただけに非常に残念です。幸い、Episode 8のCarrieの出演シーンは撮影を完了していたということで、来年の公開時には彼女の元気な姿を見ることができるわけですが、その次はありません。物語の辻褄は合わせてしまうのでしょうが、姿を見たときにはまた涙してしまうかもしれません。

レイア姫として一躍有名になっただけにその印象が強すぎて、女優としても個人としても悩みはたくさんあったのではないかと思いますが、Force Awakensへの出演で彼女は大切なものを取り戻すことができたのではないでしょうか。せめて亡くなる前にそれで彼女が救われたのだと良いのですが…あまりに残念で、語る言葉が出てきません。

George Michael 1963-2016

“You’ll never find peace of mind until you listen to your heart.” – George Michael

Michael Jackson、David Bowie、Princeに続いてまた一人、80年台のポップスターが旅立ってしまいました。George Michaelが53歳の若さで自宅で亡くなったとのことです。当初死因は明らかにされていませんでしたが、今は心不全と報道されているようです。

本名をΓεώργιος Κυριάκος Παναγιώτου (Georgios Kyriacos Panayiotou)というギリシャ人の血を引く、ギリシャ系らしい彫りの深い彼はAndrew RidgeleyとともにポップデュオWham!でデビューして一躍アイドル的人気を得ました。この頃ヒットしたCareless WhisperやLast Christmasといった名曲は今でも今でも度々耳にするどころか、Last Christmasはクリスマスの定番として長らく親しまれていますので、仮に彼を知らなかったとしても彼の歌声を聞いたことが無い人はいないのではないでしょうか。その彼が奇しくもクリスマスの晩に亡くなるとはどういうことなのでしょう。

その後人気絶頂のさなか、1985年にコンビは解散してしまい、それぞれソロで活動していくことになります。Wham!の音楽面をGeorgeが支えていたということもあり、解散後パッとしないAndrewに対してGeorgeは人気を維持していきました。しかしその後しばらくして公然わいせつ、薬物影響下の運転などで度々逮捕されるなど、私生活面は決して豊かなものではなかったようです。

ソロとなってから最初のアルバムFaithは大ヒットとなりましたが、それに比べるとそれほどでもなかったのが第2作のListen Without Prejudice Vol.1です。しかし、私はこのアルバムがとても好きです。Wham!時代やFaithとは打って変わってアコースティックギター中心のフォークな感じの曲が落ち着いていて、Georgeのしっとりした優しい歌声がとても良く合っているのです。

Listen Without Prejudice

¥ 1,441

(2016-12-27現在)

実は来年の3月3日に25周年記念としてこのアルバムのデラックス版が発売されることになっています。ただ、このアルバムが発売されたのは1990年なので、それからは25年以上経ってしまっており、一体何の25周年なのかはよくわかりません。まあそんなことはどうでもいいので、私はとりあえず購入することになるでしょう。

ちょうどWham!がヒットを重ねていた頃に私は父の転勤でイギリスに引っ越したので、彼らの曲はテレビなどで頻繁に聞いていて、日本の某(元)アイドルグループの解散などより断然ショックです。命あるものいつかは…と分かっていても、53歳というのはあまりに若すぎます。しかし、そんなことを言っていても仕方ありません。私は今も彼の歌を聞きながらこの記事を書いていますが、今年の残り数日はそうして過ごしたいと思います。

同僚の帰任

いつか来る日と分かってはいても。

今日、私と同じように日本から派遣されてきていたK君が帰任となり、日本へと旅立って行きました。私の職場では都合のつく限り日本人出向社員全員で空港まで見送りに行くことが慣例となっているので、それに従い皆で車に分乗して、途中行きつけのレストランで昼食を摂り、空港で保安検査場を通過するまで見届けてきました。職場と空港では記念の集合写真を撮るのも慣例通りでこれまでに何度かやってきたことですが、最後に一人ひとり握手と一言を交わしているうちに色々考えることがあって、こうして記事にすることにしました。

K君は私と同じ部署から私より2年少々先に赴任してきていて、私が赴任の前の年に何度か出張で来ていた時から色々お世話をしてくれていました。そして私の赴任当初に色々セットアップが必要だった時にも何かと進んで手助けをしてくれましたし、2人で同じ製品のハードウェアとソフトウェアをそれぞれ担当してきたため、ミーティングなども同席することが多く、仕事の面でも非常に頼れる存在でした。

そんなデトロイトに来ればいるのが当然だと思っていた存在のK君がもう今日からいなくなってしまったというのはにわかに信じがたいものです。帰国後も同じ製品を別の面から支えてくれることになっていますので、決して今後も縁が切れてしまうわけではなく、今後も頼らねばならないことも多々あるはずなのですが、そういった時に太平洋をまたぐ距離というのは歯がゆいようなもどかしいようなことも多くなるのではないかと思います。

もともと期限付きの海外駐在員という立場なので、いつか帰任の日がやってくることは最初からわかっていることではあります。ただ、K君の場合は当初3年だった任期が1年延び、さらに1年延びて5年となったため、もしかしたらまた伸びるのではないかなどと淡い期待があったのかもしれません。しかしながら、アメリカで私達の持つ就労ビザは5年期限となっており、その延長はたやすいものではないとのことなので、実際にはあまり多いことではないのです。

私が赴任して以来、帰任者を見送ったのはこれで5回目くらいで、これからも私より先に帰任する人が何人もいますが、K君ほど公私ともに長く関わりのある人はいないので、これほどの感慨のある別れになることはないのではないかと思います。ただ、これはあくまで一時的な別れであり、日本に帰ればまた普通に接することになるので、それほど感傷的というわけではなく、いろいろ考えさせられるというのが実際のところです。

まあ何はともあれ、K君今まで色々ありがとう。今後もサポートお願いします。