Captain America: Civil Warスーパーヒーローのダメさ加減を露呈しているような。

洋画作品の日本での公開は他の国々と比べると早くても同時、大抵の場合何週間か遅れ、ひどい場合には1年近くも遅れてしまうものですが、これはどういうわけなのでしょうか。日本以外では外国映画は吹き替えられるのが普通なので、吹き替えや字幕作成に時間が掛かるから、というのは理由になりません。海外ではとっくに公開が終わっているような作品をウェブサイト等でちら見させて焦らしているのを見ると、滑稽にも感じてしまいます。

しかし、今回次男と観に行った「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」は珍しく世界に先駆けて日本での公開が4月27日に始まっているのに対し、アメリカなどでは明日5月6日からということになっています。これは当然ゴールデンウィーク中の観客動員を目論んで前倒ししたということなのでしょうが、やれば出来るじゃないかという感じです。

この作品の予告で、アベンジャーズのメンバー同士でサブタイトルの「シビル・ウォー」すなわち内戦状態になっていることが強調されていたこともあって、私はエンドクレジットのタイトルを見るまでこの映画が「アベンジャーズ」の最新作だと思い込んでいました。また、他のメンバー、特にアイアンマンの登場シーンもかなり多く目立っていますが、基本的にはキャプテン・アメリカを中心に描かれているとおり、「キャプテン・アメリカ」シリーズの最新作ということになっています。
Captain America: Civil War
作品冒頭の戦闘で民間人に多数の犠牲者を出したことで、世間からの批判がアベンジャーズに集中し、活動を国連の管理の下に置くという「協定」がアベンジャーズに突きつけられます。これに対し、過去に戦闘に巻き込まれて家族を失った人に責められるなどしたTony Starkらは署名することを即断しますが、キャプテンは「個人が責任を持つべき」という信念から反対し、アベンジャーズが二分されて結果的に対立することになる、というのがこの作品のストーリーです。

しかし、今回は人的被害は意識している様子も伺えるものの、空港での戦闘で機材や施設に甚大な被害を与えているのはこれまで通りで、全く反省していたり責任を感じていたりするような感じではありません。しかも戦っている相手がテロリストなどではなく、単なる身内の争いです。こんなことでは人々の理解を得るなどということは到底無理だと思うのですが、そんなことはどうでもいいのでしょうか。製作者らもこの作品で観客に何かを訴えようとか、子どもたちに何かを教えようという気持ちはないでしょうが、むしろ教育的に良くないのではないかとさえ思えます。

ということで、スーパーヒーローがたくさん登場して派手なアクションを見せてくれる作品ではありますが、どうも後味はスッキリしませんでした。見ている間は面白いのですが、それだけではいけませんね。ただ、Peter Parkerは良かったと思います。Marvel作品には付きものの、エンドクレジット最後のおまけシーンをお見逃しなく。