五芒星事実と創作のバランスは難しい?

卑金属から貴金属を生み出そうとした近代科学以前の時代の「錬金術」という言葉は、今では少ない元手で莫大な利益を上げることを指したりするようにちょっとネガティブなイメージで使われることが多いように思います。しかし、現代では中学生の科学知識でも荒唐無稽と思うものですが、その時代には多くの錬金術師が真剣に、それこそ命をかけて取り組んできたものですし、その成果として大変多くの科学的発見がなされ、それらを基礎として現代科学も形成されているものなので決してバカにすることはできません。

物質を転換するという一般の常識からかけ離れた術ということで魔術と類似した神秘的なものとも捉えられ、オカルトと結びつけられることも多いようですが、今回読んだ「五つの星が列なる時」という小説はこの錬金術のオカルト的側面だけを取り上げたような、ちょっと妙な作品でした。

五つの星が列なる時 (Hayakawa Novels)
原著:Michael White
早川書房 (2007/05)
ISBN/ASIN:4152088192

舞台はイギリス最古の大学であるオックスフォード大学を擁するOxfordの街で、時は現代と17世紀末頃とが並行して描かれています。現代側の主人公はアメリカ人でオックスフォード大学を卒業したという女性なのですが、17世紀側はかの近代物理学の祖、Isaac Newtonです。

突然Newtonが登場するので私も最初は何が何だかよくわかりませんでしたが、「最後の錬金術師」とも呼ばれるNewtonの錬金術師としての顔をオカルトチックに描いているものの、これは完全なフィクションだということです。さすがに300年以上も前の人なので訴えられるようなことはないでしょうが、この本に登場するNewtonは相当アブナイ人ですから、名誉毀損もいいところではないでしょうか。

まあそれはさておき、これまでに色々なオカルト作品を読んできた私ですが、この作品ほど創作部分の大きなものはなかったように思います。ヨーロッパのオカルトといえばテンプル騎士団フリーメイソンあたりがつきものですが、この作品ではこれらの組織を下敷きに著者が作り出した架空の組織が登場します。フリーメイソンは現存するのであまり下手なことは書けないのかもしれませんが、ここまで事実からかけ離れてしまったせいで全く現実味のないものになってしまったのが残念です。

また、この作品ではいくつかの殺人事件が起こりますが、その現場の凄惨さが筆舌に尽くしがたいということなのか、起こっていることの壮絶さに対して描写があっさりしすぎているような気もします。まあ、そういう残虐シーンが苦手な私にとっては助かったとも言えるのですが、作品のバランスとしてはどうなのかなあ、といったところです。

ということで、全体的に物足りなさを感じてしまったこの作品ですが、著者のMichael White氏にとっては小説家としてのデビュー作のようなので、今後に期待といったところでしょうか。それなりに綿密な調査は行われているようですし、巻末にはボリュームのある解説も添えられたりしていますので、もうちょっとバランスさえ良ければ光るものを生み出してくれるのではないかと思います。