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大塚国際美術館

お腹いっぱいになります。
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自由に旅行できるということがいかに幸せなことだったかと思い知らされる今日このごろですが、先日職場の友人らと一応兵庫県内ということで淡路島へ日帰りドライブ旅行に行ってきました。関東に住んでいるときにはまったく意識したこともなくよく知りませんでしたが、瀬戸内海で大阪湾に向かい合って浮かぶ大きな島です。

しかし、淡路島には小洒落たカフェや雑貨店ができていてそういった店が好きな人にはいいのですが、あまり観光地らしい見どころというものが多くありません。そこで今回は兵庫県からちょっと出てしまうものの、大鳴門橋を渡ってすぐのところにある大塚国際美術館に行ってみようということになりました。

昨年の紅白歌合戦で地元徳島出身の米津玄師が歌った場所ということでも記憶に新しいところですが、大塚製薬グループの創立75周年事業として1998年に開館したとのことで、既に20年以上前にできたということになります。それにしては非常にきれいに保たれていて、つい最近できたかのようでした。

この美術館が独特なのは、展示されているのが大塚製薬グループの大塚オーミ陶業が開発した技術により作成された、名画の原寸大複製であるということです。世界中にある、誰でも知っているような名画が数多く集められていて、しかもそのクオリティは非常に高いので、大変見応えのあるものになっています。それらの名画の実物を一箇所で見ることはとても実現し得ないと思われますし、非常に耐久性の高い複製なのでごく間近でつぶさに見ることができ、教育的な価値も高いのではないでしょうか。また、三脚やフラッシュは禁止されていますが、写真撮影は自由となっています。

さらに私が感心してしまったのは「環境展示」と称された、フレスコ画や壁画をその部屋ごと再現してしまったもので、そのために建物自体が非常に複雑な作りになっていることです。米津玄師が歌っていたのもシスティーナ礼拝堂を再現した部屋でした。またさらに、この美術館自体が瀬戸内海国立公園内にあるため、環境を壊さないよう建物全体が山に埋まった形になっているという、非常に凝ったものになっています。このため、山の麓にある入口から長いエスカレーターで上がったところが地下3階ということになっていて、1階で山の上に出ることになります。

ということで非常のお金のかかった施設になっているのですが、それでも本物の名画を何点も買い集めていたらもっと金が掛かってしまうものなのでしょうか。しかし、本物ではないといってもこれはこれで文化を保存するという意味でも非常に価値のある事業ではないかと思います。あまり大きなものを1枚で作ることはできないようなので、大判の絵画は複数に分けて作ったものをつなぎ合わせて実現していますが、ある程度までの大きさのものは現存する実物よりも製作当時の色を鮮やかに再現していて、さらに2000年ほども維持することができるとのことなので、ある意味実物よりも本物に近いということになるかもしれません。まあ2000年となるとそれを置いておく場所のほうが問題かもしれませんが。

Living Computer Museum

Living Computer Museum予期せぬ宝の山にびっくり。

長い長いAmtrakの旅の終着点はシアトルでしたが、シアトルに何か目的があったというわけではなく、Amtrakでアメリカ大陸を横断するということこそがこの旅の目的でした。しかし、せっかくはるばる西海岸まで行ったからには観光らしきものをして帰りたいものです。

シアトルといって思いつくものはいろいろありますが、イチローのいないMarinersにはちょっと興味がありません。またコーヒー中毒の私にとってはStarbucksをはじめとするいわゆるシアトル系コーヒーということでStarbucksの発祥の地へも行ってみましたが店を外から眺めただけで、長蛇の列の後ろにつく気にはなれませんでした。あとはMicrosoftAmazonの本社があるのと、Boeingがあったことでしょうか。

本当はBoeingの飛行機工場を見学できるThe Future of Flight Aviation Centerというところにも行きたかったのですが、ちょっと離れたところにあるので列車の到着時間とツアーの時間が合わず行くことができませんでした。それではどうしようか、というところで見つけたのがLiving Computer Museumなるものでした。Computer Museumはいいとして、その前にある”Living”というのはどういうことか…というと、要するに展示されているコンピュータが全て動作する状態であるということでした。どんなに歴史的なコンピュータもただ置いてあるだけではただの箱ですが、動作するというのは結構凄いこと、ということで次男も興味を示したので行ってみることにしました。
Starbucks Center
中心部からはちょっと離れたところにあるので15分ほどバスに乗って移動しましたが、バス停から歩き始めると時計塔からセイレーンが覗いている大きなビルが見えてきました。「スタバの本社かなあ」と言いながら見ていましたが、Starbucks Centerという名前で、まさしくStarbucksの世界本社でした。

そして目指していたLiving Computer Museumはそのすぐ近くにありました。訪れたのが独立記念日ということもあって周りがひっそりしていて不安になりましたが、”OPEN”の文字が光っていたので恐る恐るドアを開けてみると、受付にいたのはいかにも白人のオタクという感じの長髪にメガネの青年でした。入場料はもともと大人$6、子供$2と非常に安いのですが、「どうやってここを知ったのか」と聞かれて「Foursquareで」と答えると「チェックインしたら$2になる」ということで、2人でたったの$4になってしまい、さらにこの後行こうと思っていたEMP Museumのそれぞれ$5割引の券までもらってしまいました。
PDP-7
入り口そばのエレベーターで2階へ登ったところが展示室になりますが、ドアが開いていきなり目の前に現れたのはPDP-7でした。今からちょうど50年前の1965年にリリースされ、Unixの最初のバージョンが作成されたあのPDP-7が、目の前で動作しているということで私の興奮は一気に高まってしまいました。このPDP-7は120台発売されたうちで現存すると言われる4台の中でただ1台動作するという、大変貴重なものです。コンピュータの歴史を知らない人にとっても、50年も前のコンピュータが動作するというのは凄いことではないでしょうか。

そうしているうちに説明員がやってきて40分ほどのガイドツアーが始まりました。説明を聞きながら歴史あるマシンたちを順番に見ていきましたが、どうも私ほど感動している人はいないような感じでした。しかし説明員の女性も相当なオタクっぽく、早口でかなりマニアックなことをまくし立てていて、要所要所で質問を求めるものの誰もついていけないようで、アメリカなら当然あると思われた質問もありませんでした。
Commodore PET
展示されているのはPDP-7のほかPDP-8, 10, 11, 12VAX-11/780といったミニコン、世界最初のスーパーコンピュータCDC 6500、そしてAltair 8080に始まりIMSAI 8080Commodore PETなど初期のパーソナルコンピュータなど、本でしか見たことのなかったような数々の貴重なマシンたちで、私の興奮は全く治まりませんでした。

また、コアメモリドラムメモリには私も初めて手を触れましたし、紙テープパンチカードもあり、さらに次男に衝撃的だったのは数MBしか入らない初期の巨大なハードディスクだったようです。

ということで、私はもちろん大満足だったのですが、次男も思いの外楽しめたようです。シアトルに観光でやってきてここを訪れる日本人も稀でしょうが、まさに所蔵品の数々はマニアには必見です。

National Museum of the United States Air Force

National Museum of the United States Air Forceこれもアメリカならでは。

日本にいると、ある博物館に行くためだけに片道300kmも運転して日帰りするなんていうことは普通はしないものだと思いますが、便利で空いている高速道路が無料で利用できるからなのか、あるいは高くなったとはいえガソリンがリッター100円くらいと安いからなのか、アメリカではそれほど馬鹿げたことではないと思えてしまいます。とはいえ、片道3時間運転して、3時間ほど滞在したらまた3時間運転、というのはさすがにこの歳になるとそれなりに疲れました。

昨日は次男と二人で、自宅から300kmほど離れたオハイオ州のDaytonという街にある国立アメリカ空軍博物館を観に行ってきたのです。この近辺には他にも航空博物館のようなものがいくつかあるような標示が出ていたのでどういうことなのかと思っていたのですが、そういえばここはあのライト兄弟の出身地で、その後も航空・軍需産業で栄えた街だったのでした。

この博物館はアメリカ空軍により公式に運営されているもので、ライト・パターソン空軍基地に隣接しており、敷地内には滑走路が1本と、大きな格納庫のような展示棟が3棟建っています。空軍のプロパガンダの役割があるためか、入場料は無料で、休館日はサンクスギビング、クリスマス、元日の3日のみとなっています。
Zero
館内は初期第二次大戦期朝鮮戦争期東南アジア(ベトナム)戦争期冷戦期、そしてミサイルと宇宙、というように分けられて展示されています。この博物館自体、第二次大戦前に研究所で歴史的遺物を集めていたのが始まりのようなので、初期の展示物も非常に充実しています。あまり私の興味のあるところではないのでじっくりとは見ませんでしたが、かなり貴重な機体がいくつもあるのではないでしょうか。

次に進んだ第二次大戦期の展示は私達日本人にはあまり居心地のいいところではありません。とはいえ、直接交戦していたにも関わらず、特に日本に対して悪い感情を伺わせるものはなく、ゼロ戦なども他のアメリカの戦闘機などと並んで同じように展示されていました。さすがに軍としては今の同盟国を敵視するようなことはできないということなのでしょうが、実際驚くほど親日的なアメリカ人が数多くいるのはなぜなのか普段不思議に感じているところです。
館内の様子
その先の朝鮮戦争やベトナム戦争などはそれほど昔のことではないように感じていましたが、こういった時代にも数多くの機種の航空機が製造されて実戦に加わっていたというのはあまり知らないことでした。冷戦期となるとまさに私の子供時代にも差し掛かっていますから、本やプラモデルなどで見た戦闘機などの実物がいくつも展示されていて、あれこれと目移りしてしまうようでした。特に私が興奮したのは子供の頃にプラモデルを組み立てたSR-71A Blackbirdでしょうか。超高空をマッハ3を超える速度で巡航するための特殊な形状と構造は異彩を放っており、非常に存在感がありました。1966年から配備されてすでに1999年に退役しているのですが、そんな時代にそんな技術があったということには畏敬の念を感じずにいられません。
SR-71A Blackbird
最後のミサイルと宇宙のところにはICBMなどの大型のミサイルが並んで立てられていますが、見た目には宇宙開発用のロケットと変わらないので、宇宙開発が軍事技術のためのものだったということを納得させられました。この手前にはアポロ15号の司令船の実物が展示されているのですが、それもなんだか虚しい物に思えてしまいます。

実はこれらのほか、バスに乗って別館の展示を見に行くツアーもあり、そちらには各種の実験機や歴代の大統領専用機なども展示されているということなのですが、私はすっかり忘れていて見ずじまいでした。しかしそれを見ずとも、沢山の非常に貴重な機体が、かなりギュウギュウな感じで押し込まれていて見応えは十分だったと思います。時期によっては混みあうそうですが、私たちが行った昨日はかなり空いていて、ゆっくりと見ることができたのも良かったです。

全体を通して思うのは、特に第二次大戦の頃に、これだけの技術と国力を持っていた国に立ち向かって勝てるわけがなかったということです。同じ第二次大戦期のコーナーに並んでいる機体を見比べると、誰もが同じようなことを思うのではないでしょうか。朝鮮戦争やベトナム戦争ではそのアメリカ軍も苦戦したというのは当時のソ連も同じような力を持っていたということで、それが冷戦へと向かうことになった、という歴史的な流れも感じることができます。このところのウクライナの情勢を見ているとまた不安にもなりますが、冷戦が終息したというのは奇跡的なものだったのではないかとも思えます。