Children of Men世間は飛び石連休の狭間の平日で普段通り働いている人がほとんどだろうと思いますが、やる気の足りない私は飛び石連休の間は有給休暇で埋めないと気が済まないので、今回も先週風邪で2度も休んだばかりだというのに休みを取って4連休にしてしまいました。しかし、どうせ消化などできるわけもないのに年間25日も有休を与える会社に対しては正当な権利を行使しているだけなのですが、職場の同僚らに対しては何となく後ろめたいような、申し訳ないような気持ちになってしまうのは何とかならないものでしょうか。それはともかく、休暇を取ったところで子供達はそれぞれ学校や幼稚園、習い事で忙しく、妻も何かと用事が詰まっているので一緒にランチを食べに行ったくらいで誰にも相手をしてもらえず、結局いつものように一人で映画を見に行ってくることにしました。まあ、世間の人がせわしなく働く中、平日の午前中からのんびりと映画を楽しむというのも、なかなか贅沢な気分は味わうことができましたが。

ということで今回観てきたのは前田有一氏が90点という高得点を与えていたことで気になっていた「トゥモロー・ワールド」です。原題は”Children of Men”というこの作品、P. D. James氏の「人類の子供たち」というSF小説を原作とするもので、世界中でなぜか子供が生まれなくなってしまい人類最年少が18歳になってしまった2027年の、全世界で内戦やテロにより治安が極端に悪化してイギリスだけがかろうじて治安を保っているという世界が舞台となっています。そのイギリスでも体制は軍によって何とか支えられているというようなかなりハードな世界の話で、周りでバッタバッタと人が死んでいくのが私には観ていてかなり辛いものでした。小学生を連れてきている人もいましたが、ストーリーはちょっと難しいですし、残虐な描写もそれなりにあるのであまり子供に見せるべき映画ではないような気がします。

監督は「ハリーポッターとアズカバンの囚人」のAlfonso Cuaronなのですが、正直誰がどの作品を監督したかということにはあまり関心を持っていなかったので、監督の才能のようなものは私にはよくわかりません。しかし、映像表現としてのリアリティの演出はこれまでに観たどの映画よりも確かに凄いということはよくわかりました。この作品で売りとなっているのはラスト近くの「8分間の長回し」、ワンカットで8分間を手持ちカメラで撮り続けたというものなのですが、それは単に長時間カットが繋がっているから凄いというものではなく、それにより実現されるリアリティの高さは計り知れないものなのです。これは「本当にありそう」というようなものではなく、「本当にあったことのよう」「その現場を自分が目にしているよう」というようなかなりレベルの高いものです。

カットを次々と切り替えて様々な角度から描写することで緊迫感を演出するような手法もありますが、逆に手持ちカメラによる一人称的な視点で主人公らを追っていくことでまさに観客がその場で体験しているような感覚を持つことができるのです。最初に長回しが売りなのだと聞いたときには作り手の価値観で作られていなければよいが…と心配したものですが、それは全くの杞憂、実際に見せられると圧倒的な説得力がありました。

ただでさえ陰鬱な雰囲気を持つイギリスが舞台で、さらに極度に悪化した治安状況なので全体的にかなり重苦しく、殺伐とした雰囲気の映画になっています。マッドマックスの一歩手前のような感じですが、きっとイギリス以外の地域は無法地帯ということなのでまさにマッドマックスの世界なのかもしれません。2027年であれば私も殺されていなければ生きているでしょうから、日本がどういう状況になっているかを想像すると恐ろしくなってしまいます。

また、何となく映像ばかりが注目されがちですが、本編中に挿入される音楽の方もなかなか渋く、サントラ盤は映画を観ていない人でも、British Rockが好きな人は特に楽しめるのではないでしょうか。私もできれば入手してみたいと思っています。しかし実はストーリー自体はあまり面白みのあるものではなく、そういう意味ではやはり作り手の論理で作られてしまったものなのかもしれません。映画の持つ表現力の一つの極限を見せられたようなズシリとした手応えはありましたが、残念ながら脚本はそれを活かしきれる素材ではなかったということになるでしょうか。ということは劇場の大スクリーンで観たときと自宅のテレビで観たときとではかなり印象が異なる可能性もありますので、興味のある方はDVD化を待たずに映画館へ足を運んでみた方がいいかもしれません。何度も繰り返しになりますが、映像表現は一見の価値があります。

それにしてもこのセンスのない邦題、何とかならなかったものでしょうか。原作の邦題「人類の子供たち」では確かにヒットは期待できないかもしれませんが、「トゥモロー・ワールド」って…何のメッセージもない薄っぺらい名前です。また、日本語字幕はなっちこと戸田奈津子氏なのですが、不法入国者を収容する施設のゲートに書かれている”Refugee Camp”を「入国管理局」って…それと一般的な訳語の「難民キャンプ」では全く意味が違ってくると思うのですが、誰かこういうのを事前にチェックできる人はいないのでしょうか…皆が安心して洋画を楽しむことができるように何とかしてもらいたいものです。