Sealing Wax原作を読んで脚本家の仕事を知る。

2つ続けて同じタイトルの記事なんてボケちゃったのかな、と思われたでしょうか。確かに記憶力の無さには自信がありますが、決してそういうわけではありません。実はこのブログでは、映画の場合は原語で、本の場合は読んだ本そのまま、要するに日本語をタイトルに使うようにしています。したがって、「P.S. I Love You」の方は映画についてであって、この「P.S. アイラヴユー」の方は原作を読んでみたのでそれについて書いてみようとしているわけです。

P.S.アイラヴユー
原著:Cecelia Ahern
小学館 (2004/07)
ISBN/ASIN:4093565015

映画を観たばかりでストーリーも結末までわかっているはずなのに原作なんて読んで面白いのか、と思われるかもしれませんが、この作品に関してはそれは全く心配に及びません。私も読んでみてびっくりしたのですが、この原作と映画の共通点というのは主要登場人物の名前と主人公の元に亡き夫からの手紙が届くということだけです。ハリウッド映画なので舞台がアメリカに変わっているということはよくあることですが、この作品では主人公の家庭環境、夫との出会い方も違い、さらに最も大きいのが手紙の届き方が全く違うということです。

映画では色々な方法で時々手紙が届いたので、いつ届くのか、またいつまで届くのかということがわからないまま物語が進みましたが、原作では最初に包みでまとまって届いてしまい、毎月1通ずつ開封するという形なので、受け取り読む方の心境は全く違うのではないかと思います。この手紙というのはこの作品で最も重要な鍵であり、ユニークなポイントであることは間違いありませんから、ここに違いがあるということは作品全体として全く別物になっていると言ってもいいかもしれません。

また、主人公ホリーの家庭環境が全く違うということも結構大きな差となっているのではないかと思います。映画では子供の頃に父親が逃げてしまい、兄弟も登場しないので肉親と言えば母親だけということになってしまっていますが、原作では両親と5人兄弟という賑やかな家庭であり、この家族とのやりとりも作品の中で大きな比重を占めています。

全体的に一言で言えば、映画の方がドラマチックに演出されているということになるのかと思いますが、ここまで大きく変えられてしまって原作者はいったいどう感じているのでしょうか。作品としてのアイデンティティたる部分に大きな変更が加えられ、極々基本的なコンセプトだけを流用した全く別の作品と言っても過言ではありません。まあ原作者のウェブサイトでも映画が紹介されたりしていますからそう悪くは思っていないのでしょうが…映画化権で稼げたので文句もないのでしょうか。

ちなみにこの作品はアイルランドの前首相のご令嬢Cecelia Ahernによるものですが、訳者は林真理子氏となっています。著名作家の訳であればさぞうまい訳になっているだろうと期待して読んでみたのですが、訳者あとがきを見てみると実は下訳は桜内篤子氏が行っているそうで、林氏はそれに手を加えて小説としての出来栄えをよくした、と言うことなのだそうです。このあたりを本人がちゃんと明かしていることには好感が持てますが、書籍には桜内氏の名前は一切載らず、訳者は林氏ということになってしまうというのもどうなのかな、という気はしますね。

まあそれはそれとして、若干盛り上がりには欠け、ダラダラと間延びしたようなところもないではありませんが、林氏の才能かキャリアのなせる技なのかとても読みやすい作品に仕上がっています。映画を観て良かったという人もそうでない人も、映画とはまたひと味違う心温まる物語に触れてみてはいかがでしょうか。